「在日」韓国人でなくなった日
マサチューセッツ工科大学
梁 富好
その日は突然やってきた。この夏、仕事で韓国に行ったときのことだ。
いつも韓国に入国するたびに、どきどきすることがあった。私はアメリカと韓国の二つのパスポートを持っているのだが、韓国では二重国籍が認められていないので、空港での入国審査でばれると非常にやっかいであるからだ。最悪の場合は罰則を受けたり、韓国籍かアメリカ籍のどちらかの選択を迫られたりする。
日本生まれの在日韓国人である私は、日本の大学を卒業してアメリカの大学院に留学し、学位取得後もそのままアメリカに居残ってしまい、いろんな事情がありアメリカ国籍を取得した。アメリカ国籍を取得してアメリカに定住しているという意味では、「在日同胞」よりも「在米橋胞」に近いかもしれない。しかし、一般的な在米橋胞は、朝鮮戦争後に韓国から移住してきた1世とその子供たちのことを指すが、1世はネイティブな韓国語を話し、2世はネイティブな英語を話す。どの言葉もネイティブに話せない私は、自分で在米橋胞を名乗ることもできず、「在日コリアン系アメリカ人」という新しいジャンルを創作した。私が知っている限り、「在日コリアン系アメリカ人」の人口は私たち家族の4人だけだ。もっとも、広いアメリカ大陸を探せばもっと在日同胞系アメリカ人がたくさんみつかるかもしれない。
普段、私が海外に出かける際はアメリカのパスポートを用いている。多くのアメリカ移住市民のように、やはり世界最強国アメリカのパスポートをもちながら海外を旅すると、大して得することもないにもかかわらず、いい気分を味わったりする。世界中のほとんどの国にはノービザで入国できるので便利だが、もうひとつの超大国である中国は別だ。中国を訪問する際、日本のパスポート保持者はノービザで入国できるのに、アメリカのパスポート保持者はあらかじめ中国領事館とかで入国ビザを取得しなけれなならない。このような不便さがあるにもかかわらず、やはりアメリカのパスポートを持つことで、アメリカに守られているという安心を感じることができる。私は根っからの事大主義者かもしれない。ただ、9・11テロ事件以降、空港での入国審査場での外国人レーンの待ち行列は尋常でなく、その列を尻目にアメリカ人レーンでスムーズに審査を受ける際に、小市民的な優越感を感じることがある。
しかし、日本に入国するときは韓国パスポートを用いている。「在日韓国人」として日本の永住権をもっており、韓国パスポートに4年間有効の再入国許可証が貼ってあるので、空港での入国審査の際は、韓国パスポートを提出しなければならない。例外的に、ある事情があって「アメリカ人」として日本に入国したときがあった。日本政府にとれば、同じ人間でも韓国パスポートで入国すれば私は「在日韓国人」であるが、アメリカパスポートで入国すれば私は普通のアメリカ人になる。入国審査場でも、審査官がいきなり英語を話しかけてきた。パスポートの効力は本当に不思議だ。ただ、関西空港や名古屋空港での外国人用入国審査レーンは結構空いているが、成田空港はいつも非常に混雑しているので、私は特別な事情がない限り米国人として日本入国をすることはない。
海外で韓国パスポートを用いるもうひとつの例外的なケースは、韓国に入国する際に外国人用入国審査のレーンと韓国人用のレーンを比べて外国人のレーンが少ないときにアメリカ人のふりをして外国人用の審査レーンに並ぶことだ。このように書くと、私にとってパスポートや国籍というのは、外国に入国する際の便宜のためにあるようなものと聞こえてしまうかもしれないが、あたらずとも遠からずだ。
もうひとつ、韓国パスポートを普段持っている理由として、アメリカ人をターゲットにしたテロやハイジャックとかに巻き込まれた場合、韓国のパスポートを見せて逃がせてもらうという目論見もあった。しかし、どこから見ても私はアジア人にしか見えないし、日本アクセントの英語しか話せないので、そのような心配も取り越し苦労だ。それに、韓国政府はイラクにも多くの兵士を派遣しているし、昔のベトナム戦争のときように、相手国の軍隊や市民にもっとも勇敢に(または残虐に)戦いを挑むのが韓国軍兵士だと噂されているので、韓国パスポートはいざというときには逆効果かもしれない。
さて、どこかの国に入国や出国するときには、世界共通のルールがある。それは、入国する際に審査を受けたパスポートを、出国審査の際にもう一度提出しなければならないことだ。二つ以上のパスポートをもっている人はもともと少ないし、世界の多重国籍者の大半が在住するアメリカでは出国審査すらないので、ほとんどの人にはあまり関心もないルールである。しかし、そのルールを破って「逮捕」され国籍まで剥奪された愚かなものがいる。それが私だ。
話を戻すと、この夏に韓国に出張した際、私は事情があり韓国パスポートを用いて入国した。その事情とは、私の韓国での仕事上、「在外国民国内居住カード」の交付を受ける必要があったことだ。「在外国民国内居住カード」とは、海外生まれの韓国人用の「住民登録番号カード」のことだ。韓国では、銀行口座やクレジットカードの開設、携帯電話の登録、免許証の取得、就職、ネットでの買い物まで、日常生活のあらゆるところで住民登録番号が必要となる。アメリカにも「社会保障番号」という国民総背番号制があるが、社会保障番号がなくてもお金があればネットで買い物でもできるし銀行口座も開ける。しかし、韓国ではこの住民登録番号がなければまったくもって日常生活ができない。ちなみに、韓国の住民登録番号には、生年月日と性別がはっきりわかるように構成されており、年齢差別と性差別の温床となっているのではないかと、いつも不思議に思っている。
もともと私たち在日韓国人のように海外で永住権等を取得して定住している同胞には、この住民登録番号は交付されていないのだが、韓国政府に申請さえすれば「在外国民国内居住カード」が交付され、その番号が住民登録番号と同じような役割を果たし、一般の国民と同じ便宜が図られる。日本の永住権とよく似た権利だ。ちなみに、海外で外国籍を取得した元韓国人に対しても、「在外同胞国内居住カード」を交付してくれて、一度「裏切った」元韓国人を手厚く面倒見てくれる。
この在外国民国内居住カードを申請するためには、韓国パスポートで入国する必要がある。在外国民国内居住カードは韓国移民局事務所にて申請するのだが、その際韓国パスポートも提出しなければならず、韓国に入国したというスタンプが必要なので、韓国パスポートで入国しなければならない。私もこの夏の出張の際には、仕事上在外国民国内居住カードが必要となり、韓国パスポートで入国した。そして、ソウル市内の移民局で申請し、1週間後無事に在外国民国内居住カードが交付された。このカードは写真付きで、日本の外国人登録証カードと非常によく似ていて、なんとなく「腰掛け的韓国人」から本当の韓国人になったような気がして嬉しく思えた。出張先の会社の人からも、「これで本当の韓国人になった。おめでとう」という祝賀のお言葉をたくさんいただいた。しかし、その「本当の韓国人」の証である在外国民国内居住カードに、一日も経たずにパンチ穴を開けられるとは、そのときは夢にも思わなかった。
当日は午前中に移民局で在外国民国内居住カードの交付を受けたあと、みんなの祝賀を受け、仁川空港午後8時発のシカゴ行き飛行機でアメリカに戻るために、空港に向かった。車の中での祝賀モードのなか、私一人、心の中は穏やかではなかった。非常に気になっていたことがあったからだ。
空港到着後、アシアナ航空のカウンターでチェックインをしているとき、担当係員にパスポートの提示を求められた。緊張しながらかばんから韓国のパスポートを取り出し提示した。世界共通のルールとして、韓国パスポートで入国しているので航空会社のカウンターでも韓国パスポートを提出する必要があるからだ。係員は、パスポートの中身を入念に調べ、韓国入国日のスタンプを確認した。問題はそこからだ。
次にその係員は、さらに入念にパスポートの各ページを調べ始めた。美人の彼女がしかめっ面して必死で探しているものは、私にはわかっていた。アメリカの入国ビザである。航空会社としては、乗客の渡航先のビザを確認するのが義務である。もし渡航先まで乗客を自社飛行機で運んでその国のビザがなく入国できなかった場合は、その航空会社の負担でその乗客をまた韓国まで連れてこなけれなならないからである。私の航空券もシカゴ行きとなっていたので、彼女は必死でアメリカの入国ビザを探していた。しかし、担当係員の女性が探しているアメリカのビザは、私の韓国のパスポートにはない。私はアメリカ人だからだ。
韓国人がアメリカに入国する際には、入国ビザが必要だ。しかし、アメリカ人が韓国に入国するにはビザは必要ない。一般に国際社会では日米のように相互主義をとっていて、お互いにビザが必要か、お互いにビザが免除されるかのどちらかであるが、韓米間は極めて不平等となっている。それには理由があり、米国ではビザ免除プログラムがあって、日本を含め多くの国が加入しているが、加入条件は前年度のビザ申請却下率が3%を下るということだ。つまり、ビザ免除プログラムに加入する前年度に、その国からのビザ申請者の却下率が3%以上になると、「怪しげな国」としてビザ免除プログラムに加入させてくれないということだ。韓国は過去毎年3%を超えていて、いつまで経ってもビザ免除プログラムに加入できないでいた。しかし、今年度はビザ申請却下率が年度初頭より低く推移してきて、ようやくビザ免除プログラムに加入できるのではないかという期待が5月ごろまではあったのだが、6月ごろからビザ申請却下件数が急に増加して、米国会計年度末の9月までに3%を切るのは不可能となってしまった。ソウルのちまたでは、韓米関係がますます悪化していくなかで、盧武鉉大統領を嫌うブッシュ大統領が韓国にビザ免除プログラムに加入させたくないがために、今になってわざとビザ申請却下率を上げようとしているのではないかと、本気で信じられている。
そのような「国際情勢」を知ってか知らないでか、アシアナ航空の係員の彼女は私の韓国パスポートにアメリカのビザがないことを私に伝えた。私は状況を説明するために、すまなそうな顔をしてアメリカパスポートをこそっと見せた。そして、「すみません。実は二重国籍者なんです。だからアメリカへの入国は問題ありません。しかし、このことは黙っていてくれますか?今回だけ許してください」と必死で頭を下げた。
なぜ低姿勢でアシアナ航空の係員に許しまで請う必要があるのかというと、実は私には「前科」があった。春先に韓国に来た際も同じような問題に直面した。もちろん、以前も韓国のパスポートで入国するたびに同じような場面もあったのだが、通常は航空会社は役人でも警察でもないので、「あまりいいことではないねぇ」と言って見て見ぬふりをしてくれた。航空会社としても変に問題を大きくしてその乗客のせいで飛行機の出発とかが遅れてしまったりすると、損害を被るからである。しかし、春先の前々回の出張のときはアシアナの係員が私の2つのパスポートを見るやいなや、毅然とした口調で「これはわが国の移民法違反です。アシアナでは両方のパスポートを見てしまった以上、そのまま看過することはできません。空港内の移民局事務所に報告して判断を請う必要があります」と宣言し、私は移民局事務所に出頭する羽目になってしまった。ただ、その移民局事務所では二つのパスポートを持って頭をたれている私を見て、「これからは注意してね。韓国に入国するときは、アメリカのパスポートだけを用いてね。そしたら問題ないんだから」と面倒くさそうに言って「釈放」してくれた。移民局の許容力なのか怠慢さなのかよくわからないけど、その気質に感謝しながら、次からは韓国パスポートでは入国しないことを固く誓って、そのときは出国できた。
二重国籍でこのような面倒くさいことが起こるのは、韓国だからだ。日本も基本的に二重国籍を認めていないが、それは日本国籍と他の国籍をとることを認めていないだけで、アメリカと韓国の二重国籍は日本政府にとれば関係のないことである。韓国政府が二重国籍を認めていないと知ってても、内政不干渉だ。実際に、私も成田からアメリカに出国するときは、堂々とアメリカと韓国の両方パスポートを見せて、日本滞在資格(永住権)とアメリカ入国資格(パスポート)を示す。入国審査や出国審査の際も、二つとも見せるときもあるのだが、まったく問題がなかった。韓国でも、日本に向けて出国するときは韓国パスポートひとつで十分だ。そこに日本の再入国許可証がビザの代わりになるので、わざわざアメリカのパスポートを見せる必要がない。韓国から直行便でアメリカにいくときだけが、このような面倒くさい問題になる。
この夏の出張では、「次からは韓国パスポートでは入国しない」という前回の誓いを忘れ、在外国民国内居住カードの交付の必要もあったので、韓国パスポートで入国してしまった。その結果、仁川空港のアシアナカウンターで低姿勢で見逃してくれるように頼むことになった。今回も移民局事務所で見逃してくれるという確証はないので、必死でお願いした。その甲斐もあり、結局カウンター係員は「今度から気をつけてくださいね」という優しいお言葉で私を見逃してくれた。私は、アシアナ航空の「民族愛」を再確認して、搭乗券をもらってすぐに出国審査場に向かった。しかし、ドラマはここから始まるのである。
出国審査場では、通常入国記録をパスポートで調べる。だから、韓国パスポートで入国したからには、韓国パスポートを提出しなければならない。出国審査官にとれば、渡航先の国のビザの有無は関心事ではない。だから、米国行きの搭乗券とともに、韓国パスポートだけを素直に差し出せばいい。しかし、私は何を勘違いしてか、アメリカパスポートを差し出してしまった。てっきり、航空会社カウンタのように渡航先のビザを調べるのではないかと勘違いしてしまったようだ。世界中数多くの国に渡航して、このような国際慣習には精通している私には、信じられないような初歩的なミスだった。しかし、それでも少しは楽観的であった。前回のように、移民局事務官の「許容力」で見逃してくれるのではないかという期待があったからだ。
実際に、今回も見逃してくれた。一旦は事務所に連れられてアメリカのパスポートと韓国のパスポートのコピーを取られ、一通り「事情聴取」も行われたが、前回と同様に「次回からは韓国パスポートは使わないでくださいね。あなたはアメリカ国籍を取得した時点でアメリカ人なんだから、韓国パスポートはもう使えないんですよ。これからはアメリカパスポートだけを使ってください」と忠告されて、パスポートも二つとも返されて「釈放」された。そして、無事に出国審査が済んだので、アシアナ航空のラウンジでのんびりして、出発直前にシカゴ行き便の出発ゲートに向かった。
私はいつも、出発ぎりぎりまでラウンジとかでインターネットにつないでメールのチェックや送信とかをすることにしている。全日空とかの最新式のボーイング機でない限り、機内でインターネットができないので、仕事が思うままにいかない。だから、出発ぎりぎりまでラウンジとかで持参のノートパソコンをつないで仕事することが癖になっている。当日も、ぎりぎりまで仕事して、最終搭乗のアナウンスの鳴る中、出発15分前に出発ゲートに向かった。案の定、ほとんどの乗客は搭乗を済ませてあって、搭乗口付近はがらんとしていた。しかし、搭乗券改札機の前にさっき出国審査の際に私を事情聴取した移民局局員が立っており、私をずっとにらんでいた。なにか見送りの挨拶にでも来たのかなと思い、私もぺこっと挨拶してそのまま改札機を通過しようと思ったら、彼がいきなり、「ヤン・ブホさんですね。あの後、あなたの過去の韓国入力履歴を調べたら、このまま出国させるわけにはいかなくなりました。ちょっと一緒に同行願えませんか」と手の袖をつかまれてしまった。私は一瞬ぎょっと驚いてしまったけど、すぐに落ち着いて「この飛行機はどうなるのですか」と聞き返した。隣で、アシアナ航空の職員も不安そうに眺めていた。そしたら、「この便はもうあきらめてください。上司からの決済がすぐに出たら、今日の別の便でアメリカに帰れるかもしれません」と言って、アシアナの係員に私のスーツケースを機体からとり戻すように指示した。私も観念し、そのまま局員についていった。
移民局事務所では、何人かの職員がパソコンの前に集まって、私の過去の入国履歴をみながらいろいろと議論してた。彼らの話によると、私がアメリカパスポートを取得した1999年以降、韓国パスポートで入国した回数があまりにも多くて、このまま見過ごすわけには行かないということだ。韓国の国籍法では、外国の国籍を取得した時点で、韓国政府に申告してもしなくても、韓国国籍は自動的に喪失した状態になり、韓国パスポートは失効するということだ。そして、そのパスポートを使って韓国人に成りすまして韓国に入国するのは、韓国の出入国管理法違反となり、罰則の対象となる。つまり、密入国や不法滞在のことだ。私は自分のことを「二重国籍者」だと思っていたけど、実際には二重国籍者ではなく、実質失効している韓国パスポートをもったアメリカ人にすぎなかったということである。そして私は、その認識や意図がなかったとはいえ、1999年以降、韓国に対し何度も密入国と不法滞在を繰り返したことになっている。
移民局事務所では、何人もの人が私への処置を議論していたが、結局他の建物にいる上司に電話し、私をそのまま別の便で帰してもいいのか、それとも更なる事情聴取やそれ以上(つまり、罰則)の処置が必要なのか、伺っていた。そしてその上司殿の指示は、やはり「密入国常習犯」の私には罰則が必要で、「調査課」というところに「移送せよ」ということだった。私は結局、空港の外にある法務局ビル内の「調査課」に事情聴取を受けに行くことになった。その時点でその日のアメリカ帰国の可能性はなくなった。
空港のすぐ近くにある政府合同庁舎内の移民局調査課は、24時間営業である。仁川空港は24時間体制で航空機の離着陸があるので、それに対応して調査課も24時間窓口が開いている。夜中に不法離陸しようとした私のような不届き者に対して、「明日の朝9時に窓口が開くまで待ってください」と傲慢不遜に扱っても不思議ではないのだが、さすがに仁川空港をアジアの国際ハブ空港にしようとしている韓国政府は、密入国者に対してもサービス精神旺盛だ。
空港から合同庁舎には一人でバスで行った。不思議なことに、移民局からは誰も同行しなかった。調査課に入ると、「あなたがヤンブホさんですね。空港から連絡があり、貴方を待っておりました」といわれ、さっそく事情聴取が始まった。まず最初に、なぜ私がアメリカ国籍取得後も韓国のパスポートを持っていて、しかもそのパスポートを使って入国したのか、厳しく問いただされた。私としては、まず日本生まれの在日韓国人としてあまり韓国の出入国管理法のことを知らず、さらに日本の永住権は在日韓国人として取得しているので、日本の出入国のためには韓国パスポートが必要で破棄することはできなかった旨を伝えた。調査官は、「日本生まれの在日韓国人でアメリカの国籍をもって、さらに韓国にも在外国民国内居住カード登録もしている。極めて特異なケースだ」と感心してくれた。なんとなく、許してくれそうな心象を得た感じだ。
次に、出入国管理法の中で私の罪状に当てはまる部分を韓国語で読み上げられ、私がどんな罪を犯したのかを言い聞かせてくれた。そして、刑法の分厚い本の中から、量刑に関して説明された。私の犯した不法入国の罪は、最高懲役4年、罰金200万円(日本円)のようだ。まさか懲役はないだろうとは思っていたが、罰金は痛い。どうなるのかと不安に思いながら、その調査官の顔を眺めていた。
そしたら調査官は急に、「あなたはラッキーだ。今の時期は仁川移民局ではキャンペーンを実施中で、貴方は罰金を払わなくて済む」と言った。そのキャンペーンとは、不法滞在が延べ1ヶ月未満の出入国管理法違反者に対して、もし「自主的」に不法滞在を自己申告したのなら、罰金を免除してくれるということなのだ。私の場合、今まで韓国には韓国パスポートで何度も入国しているが、いつも2泊程度の短期だったので、合計で1ヶ月も満たなかった。そして、今回の調査課訪問も、「逮捕」されての訪問ではなく、自主的な訪問という扱いになっていたので、そのキャンペーンに当てはまった。空港の移民局事務所で、調査課まで一人で行きなさいと言ったのは、このような意味があったのかと感謝の気持ちでいっぱいになった。その調査官曰く、もしソウル市内の移民局で自首したとしても、罰金は必ず科せられるらしい。このキャンペーンは空港そばの合同庁舎でなければならないらしい。
さらに、通常、出入国管理法違反者はブラックリストに載り、今後最低でも1年間は韓国に入国できなくなる。しかしその審査官が説明するには、私のような元韓国人の外国人は「愛国的外国人」とみなされ、ブラックリストには載らないのだということだ。調査課内では他の外国人も調査を受けていたが、この調査官は彼を指差して「あのような普通の外国人はもう韓国には入ってこれない。先生は在外同胞なので、愛国的外国人としてブラックリストには入れないようにできます」と大きな声で説明してくれた。指を指された外国人もそれなりに韓国で「不法に」暮らしていただろうし、ある程度韓国語も知っているかもしれないので、私は内心ひやひやしながら説明を聞いた。
最後にその調査官は、私の韓国籍喪失の記録をパソコンに入力し、私の韓国パスポートと朝に交付されたばかりの在外国民国内居住カードをホッチキスでとめ、手動紙そろえパンチャーで一気に二つの穴あけを開けた。そして、「パスポートも在外国民国内居住カードももう使えないけど、今度は米国パスポートで入国され、『在外同胞国内居住カード』を申請しなさい」と告げ、その穴の開いたパスポートと在外国民国内居住カードを返してくれた。このようにして、私の韓国籍は喪失され、「本当の韓国人」の証は一日ももたずに破棄された。
翌日、午後出発のニューヨーク行きの便を予約し、空港に行く前にまた調査課に立ち寄った。「出国許可証」をもらうためだ。前夜の調査課では「出国許可証」はもらえなかった。この許可証は同じ日に出国するためのものであって、日付が変われば失効する。なので、翌日もう一度調査課にやってきた。しかし、前日の「民族愛」に満ちた調査官はその場にはおらず、昼間シフトの若手の調査官が淡々と書類事務をこなし、私の「出国許可証」を発行してくれた。しかし、空港に向かう車の中で「出国許可書」を見てびっくりした。それは「許可証」ではなく、「強制退去命令書」だった。私は、不法滞在外国人として強制退去される身だったのだ。ともかく、その強制退去命令書を持って出国審査を通過し、出発ゲートで呼び止められることもなく無事に飛行機は出発した。ニューヨークに向かう機内では、韓国人ではなくなったことへのショックよりも、これから二つのパスポートを携帯してどきどきする必要がないのだなという安堵感の方が、不思議に強かった。そして、自分にとって国籍ってなんだろう、在日コリアンにとって国籍ってどのような意味があるのだろうと、いろいろ考えを巡らせながら、眠りについた。
今回の一連の経験で、私にとって今まででも十分に曖昧だった「国」というものが、さらに曖昧になってしまったような気がする。
日本にいたときは、「ウリナラ=自国」というものを強く感じ、韓国も北朝鮮も同じウリナラだという意識を持っていた。このエッセーでは、、在日コリアンにとって「ウリナラ」という表現は極めて政治的な概念のような気がするので、単純に「自分の国」と言う意味で「自国」という言葉を使おう。世界中の一般の人にとっては、「自国」とその国で施行されていの国籍法や出入国管理法上での「国」は一致する。悩まなくても済むことだ。しかし、在日コリアンにとっては、そう簡単に済むものではない。
在日韓国人に限って言えば、「自国」に一番近いのは国は韓国だろう。やはり韓国パスポートを持っているし、韓国に戸籍もあるからだ。韓国の国籍法でも、日本の法律からしても、在日韓国人はれっきとした韓国人だ。しかし韓国を旅行したことのあるほとんどの人が感じることだが、韓国に住む韓国人にとれば私たち在日韓国人は、韓国人よりも限りなく日本人に近い存在だ。ほとんどの在日コリアンは韓国語を話せないし、韓国でも日本語が通じるだろうとたかをくくって日本語で堂々と韓国人に話しかける人もいるぐらいだ。私のように韓国語が話せる人も、アクセントですぐに「日本人」だと思われてしまう。私はどちらかというと、韓国語を話せる他の在日コリアンよりも、よりソウル的な韓国語を話せるものと自負しているのだが、それでもタクシーの運転手と少し話すと、すぐにばれてしまう。最近では、ソウルの高級イタリアレストランでの食事中に、隣に座っていたアメリカから来たの極めて紳士的な在米橋胞のご老人に、「貴方とお会いできて嬉しい。最初、非常に日本人の『匂い』がしたので日本の方だと思っていましたが、同じ在米同胞だったので嬉しいです」と言われた。私の場合、顔がどちらかというと日本的なので、外形的に日本人と間違われることはしばしあるが、まさか日本人の匂いまで発しているなんて、夢にも思わなかった。そのご老人はアメリカに永住されて大学の教授もしている方なので、決して日本に対して差別的だとは思わないのだが、その方でも「匂い」を感じるぐらいなのだから、通常の韓国人にとれば我々は日本人の匂いをぷんぷん振り撒いているのだろう。
かといって、在日コリアンは日本が「自国」ともいえない。ネイティブ言語は日本語だし、習慣、生活慣習、居住地域、文化等、いろんな面で在日韓国人は日本人に限りなく近いのだが、日本の国籍法や出入国管理法上、我々はれっきとした外国人である。ただ、国際社会から見ると、日本で生まれ育ち、すでに3世や4世が中心となっている在日コリアンは、限りなく日本人に近い。英語でのJapaneseは、「日本国籍の日本人」という意味と解釈するが、「日本の人」という意味でも解釈できる。在日コリアンはそういう意味でもJapaneseと言っても間違っていない。国際社会では、「日本の人」なのだ。
アメリカでは、国籍はどちらかといえば「市民権」のことを指す。自分はイタリア人だと堂々と自己紹介するアメリカ国籍の人は山ほどいる。「自国」はスペインだと思っているアメリカ国籍の人もたくさんいる。だから、私も1999年にアメリカ籍を取得したあとも、なかなかアメリカ人としての自覚が出てこず、いつまでも韓国籍にこだわって生きてきた。ただ、韓国や日本では国籍を取得したり維持するには、アメリカ国籍人のようないい加減な二股の考えでは駄目で、その国に一筋でなければならない。私のように裏切ってしまうと、容赦がない。ただ、日本では一度アメリカ国籍を取得すると日本国籍を失い、普通のアメリカ人と同じ扱いになるが、韓国では上で述べたように、すぐに在外同胞ビザ(F4ビザ)と「在外同胞国内居住カード」を発行してくれて、選挙権以外のさまざまな権利を付与してくれる。同胞(=外国籍を取得した元韓国人)に手厚いのが韓国で、日本は案外そっけない。ちなみに、私はアメリカの国籍を抽選(数百倍の倍率!)を通して取得した。信じられないかもしれないが、アメリカという国にとって国籍ってそんなものだ。
在日コリアンの社会では、現在の在日コリアンのアイデンティティの多層性、多様性を考慮し、日本の国籍をアメリカのように権利として取得してもいいのではないかという議論も活発だ。最近では、民族的アイデンティティを維持するために民族名を守ったまま日本に帰化する人も出てきている。日本国籍の取得もひとつの選択肢であるが、在日全体がその方向に向かうべきだという議論は時期尚早のような気がする。最大の問題は、日本政府が日本国籍の取得(つまり帰化)をアメリカのような市民権の獲得という認識で許可しているのではなく、日本への同化をなかば強制しており、せっかくの在日コリアンのアイデンティティの多様性を否定してしまっていることだ。
世の中がますますボーダーレスになりグローバリゼーションが進行していく中で、在日韓国人の国籍感や自国意識も変化していってもいいのではないか。他の人よりも一歩先にグローバリゼーションの渦の中に入ってしまった私からみると、自分も含め在日コリアンの外からみたアイデンティティが曖昧でならない。日本人でもなく韓国人でもなく、一体何人だろう?何人でもないからといって、出張先のイタリアでよく見かけたジプシーのように、国籍をもらずに放浪を続けるほど強烈な民族性は在日コリアンにはない。国籍や民族、アイデンティティとかを区別したり併用しながら、生きていくしかないのだろう
この悩みは一生尽きることがないだろう。しかし、ひとつ私が信じているのは、そのように悩めることは幸せだと思うことだ。今までさまざまな機会に恵まれ、アメリカへの大学に留学できアメリカでビジネスをはじめ、世界中の国を旅することができた。大学や仕事を通し、世界中のいろんな人とめぐり合え、いろんな言葉や文化を覚えた。だからこそ、自分のことや在日コリアン、ひいてはすでに「アイデンティティ障害」に陥っているアメリカ生まれで日本語が第一言語で親が在日コリアンの我が息子たちのの将来のためにも、いろいろ悩み、提言していきたいと思う。
いろんな悩みの中でひとつだけ明確になってきているのは、人には民族や国や文化的なアイデンティティがあるが、もっとも身近で最小集合的なアイデンティティは自分個人である。私の場合は、梁富好という個人だ。その個人のアイデンティティだけは悩まないし誰にも犯されない。だから、一生懸命に勉強し仕事をし、自分を磨いて自分という帰属体を高めて行こうという気になる。自分を高めることで、結果的には自分を含むもっと大きな集合体である民族が社会に貢献できるだろうし、歴史の中での存在感を感じることもできるのではないかと思う。
今の若い世代の在日コリアンも、どんどん海外に出かけ、海外を肌で感じ、国際感覚を自然に身に着けてほしい。そして、日本と韓国だけではない別の世界をいろいろ経験し、在日コリアン問題に対していろんな視点をもってほしい。NPO祐伸科学教育振興会から支援を受けた優秀な在日コリアンたちも、どんどん外にでかけ、今後の在日コリアンが生きていくための規範や視座を考えていってほしい。
プロフィール
Yang, Boo-Ho(ヤン・ブホ)
1988年、京都大学工学部数理工学科を卒業。1989年、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院に留学し、1995年1月、知能ロボットの研究で博士号を取得。その後、MIT情報技術研究センターの研究助教授(Research Scientist)に就任し、バイオインフォーマティックス分野で先端医用工学の研究に従事する。その傍ら、米国ボストンで、1998年、MITの同僚とともに、ロボットや工作機械の制御装置を開発・販売するSoft Servo Systems, Inc.を設立。2000年には、先端Java技術を中心に、IT教育やシステム開発で業界オンリーワンを目指すベンチャー企業、(株)12C(トゥウェルヴ・シー)ソリューションズを設立し、代表取締役兼CEOに就任。現在ソフトサーボシステム株式会社CEO。
「科学と未来」第7号に掲載