中国の経済成長と在日コリアン
マサチューセッツ工科大学
工学博士 梁 富好
中国経済の成長ぶりは目を見張るものがある。長年アジアの大国として君臨した日本でも、新興経済大国である対岸の経済成長ぶりに注目が集まり、その動向や予測、日本経済への影響に関して様々な議論が巻き起こっている。
私は日本に出張する際には必ず大型書籍店で日本語書籍のまとめ買いをするのだが、最近は中国に関する書籍が目立ってきた。昔は中国に関する書籍といえば、歴史モノや共産主義体制に対するイデオロギー的な評論モノがほとんであったが、最近は経済やビジネスに関する参考書類が多くなった。中国の急激な経済成長ぶりを称えたり解説する本もあれば、中国経済の成長が日本にとってどれだけ脅威かを扇動する本、ひいては「中国経済バブル」の崩壊だけではなく、中国「帝国」の壊滅を「予測」する本まで出てきている。サラリーマンコミックの代表作と言える「島耕作」ですら、ここ数年は中国で「大活躍」している。
書物や漫画だけでなく、テレビや新聞等、日常レベルで中国の経済成長が伝わってくる。中国に進出して大成功したユニクロを契機に、一般大衆レベルで、「中国に進出しても騙されるだけだ」という認識から脱皮し、ビジネスに成功する鍵が中国にあるかのような認識をもつようになってきたような気がする。中国が「宝の山」のように思え、中国市場への参入に戸惑いながらも、自分だけ乗り遅れたくないという焦りを抱く経営者も少なくないことだろう。2008年には北京オリンピック、2010年には上海万博もあり、今後中国ブームはさらに過熱していくことになるだろう。このようなブームや一般の人たちの中国に対する認識の変化にともない、中国についてやたら専門家ぶり、数回中国に足を運んだだけで「中国を支配するものが世界を支配する」かのように知ったかぶりする「なんちゃって中国通」があちこちでみかけるようになった。
何を隠そう、実は私も「なんちゃって中国通」である。
ここ数年、私は中国に出張する機会が増えてきた。昨年までは北京、大連、上海を行き来し、今年に入ってからは、広州や瀋陽にも頻繁に行くようになった。ほぼ毎月米国から中国に出張している換算である。おかげで中国各地の目を見張るような経済成長ぶりを直に見ることができ、文化や生活習慣、商慣習とかを肌で体験することができた。また言葉も少しずつながら覚えてきて、上海語での挨拶すらできるようになってきた。仕事が進むにつれ、今では中国で会社を設立しようとしている。もはや「なっちゃって中国通」ではなく、「それなりの中国通」に格上げされたと言っていいだろう。
なぜマサチューセッツ工科大学(MIT)の教員である私が「それなりの中国通」になったのか、その背景を説明したい。私は現在、MIT機械工学科で勤める傍ら、大学の同僚とソフトサーボシステムズ社というベンチャー企業を設立して、その経営に携わっている。この会社は、MITで開発された先端制御技術に基づいて、各種産業機械を制御するためのCNC(Computer Numerical Control = 計算機数値制御装置)という特殊な製品を開発しており、世界各地の工作機械メーカや産業機械メーカに販売している。自動車メーカや半導体メーカをはじめ、世界中の製造業が中国に莫大な投資をして工場を立て、その結果中国は「世界の工場」になりつつある。それにともない産業機械の需要が爆発的に増えて、それらの機械を制御するCNC装置の需要も急激に増えてきている。
従来、CNC装置はその技術的特殊性のゆえに、技術力に優れたドイツと日本の各最大手CNCメーカが世界市場を寡占してきた。CNCは産業機械の「頭脳」の役割を果たすので、極端に言えば、世界の製造業はこの日独2社に依存しているといっても過言ではない。戦後、ドイツと日本が製造業で他の国をリードしてきたのは、この2社のCNCメーカのおかげだとも言える。当然ながら、この2社のCNC製品は中国市場にも普及し始めている。しかし、製造業で世界をリードしようしている中国政府は、自負心が高いこともあり、これらドイツや日本のメーカに依存するのではなく、国産CNC製品を開発しようと躍起になっている。
しかし、いくら中国政府が膨大な投資を行おうとも、特殊な制御技術と長年のノウハウのかたまりであるCNC装置はそう簡単に開発できないでいる。そこで、その昔MITが世界で最初にCNCを開発したという経緯もあり、その流れを汲むMITベンチャー企業である我が社に白矢がたった。我が社が中国国内各地のCNCメーカに「技術指導」するという名目で、我が社のCNC技術をライセンスすることになった。爆発的に成長している中国市場で、今後たくさんライセンスを販売することができれば、もしかしたら「それなりの中国通」から、「中国成金」にさらに格上げされるかもしれない。
さて、ひそかに「中国成金」を目指している私が中国に対して感じていることと私が日本国内で耳にする中国への見解とは、かなり差があるように思えて仕方がない。中国の今後を正確に理解することは、日本と同じく中国経済成長の成否に決定的な影響を受ける韓国、ひいては在日コリアン社会にとって、極めて重要であるように思える。このエッセーでは、今まで私が中国で体験してきた様々な出来事や見聞してきたことに基づいて、私自身の中国所感を述べたいと思う。
まず、中国に対しての日本人や在日コリアンが理解しがたいのは、そのスケールの大きさである。もちろん、中国の人口が10億人を超えている(正確には13億人。日本の10倍)のは誰でも知っているし、国土は世界有数の広さ(日本の25倍)だというのも、なんとなく知っている。しかし、それを実感し、そのスケールの大きさが何を意味するのかを理解するのは、島国日本で育った我々には難しいかもしれない。
日本では、携帯電話の普及に伴い携帯電話最大手のNTTドコモが、トヨタ自動車と並んで日本を代表する会社に成長した。しかし、日本が誇るNTTドコモはたかが携帯電話を数千万台販売しただけである。中国も携帯電話が急速に普及しており、5人に一人が携帯電話を所有することになれば、それだけで市場規模は2億6千台である。現在はモトローラやノキア、サムソン等海外の携帯電話メーカが中国市場に浸透しているが、どの製品においても国産化を目指す中国では、すでに国内メーカが市場占有率を伸ばしており、一億台レベルで携帯電話を販売する携帯電話事業主がでてくるはずだ。半導体や通信分野では後進国のはずの中国の会社が、NTTドコモをいとも簡単に抜き去るのは時間の問題である。
携帯電話だけでなく、中国にはやたら世界一の会社が多い。特に冷蔵庫やテレビ、エアコン等の普及型家電製品では中国が世界をリードしている。エアコンやオートバイでは中国メーカが世界市場の50%以上を生産し、テレビでも世界市場の40%を生産している。中国ではその人口の多さから、中国国内で普及さえすれば、出荷規模で世界一の会社に勝手になってしまう。私の会社は、日独大手の会社に比べれば赤ん坊にもならない規模であるが、中国での現在のビジネスがうまく行けば、出荷台数では世界一になれるかもしれない。手っ取り早く世界一になりたければ、中国を攻めればいい。これが、中国スケールの本質だ。
もちろん、中国国内だけでなく、海外でも中国ブランドは非常に健闘している。日本ブランドへの愛着が高い日本では中国ブランドを見ることはあまりないかもしれないが、アメリカの家電店にいけば、中国ブランドの家電があふれている。メイドインチャイナのOEMブランドを含めれば、中国産でない家電製品を見つけるのが困難である。
とてつもなく巨大な内需を抱えた中国では、どんなメーカであれ大量販売・大量生産が求められ、その分生産単価が極端に下がり価格競争力が向上する。海外の工場が大量に中国に移転するのにともない部品メーカも移転してくるので、労働力のみならず部品調達コストもまったくかからない。このように製造原価が極めて低い中国のメーカが海外で出てこられたら、海外市場はひとたまりもない。日本ではまだまだ中国ブランドへのイメージが悪く、それによって日本メーカが助けられている。しかし、「ヨン様」一人で韓国への認識が180度変わってしまう国民性から言って、2-3社の中国ブランドの成功があれば、日本市場は中国ブランド製品で溢れてしまうかもしれない。
日本にはまだ、中国ブランドに対する「安かろう、悪かろう」というイメージがある。もちろん、アメリカにもそのようなイメージは根強い。実際に、品質的には日本や米国のトップ製品に比べるとはるかに落ちるだろう。ハイエンド製品の開発力やデザイン力、創造力でいえば、中国が日本や米国に追いつくのはまだ5年か10年はかかるかもしれない。しかし、中国の強みは大衆製品である。一人あたりのGNPがまだ後進国レベルである中国では、ベンツなどよりも手ごろなカローラあたりが必要とされ、大衆レベルの製品の品質はここ数年で一気に向上してきた。つまり大衆消費製品に限っていえば、「安かろう、悪かろう」というイメージはもう当てはまらない。ホンダが日本製オートバイの廉価な模造製品に苦しめられてきたが、模造製品の品質が廉価でありながらもあまりにも良いので、ホンダが模造者メーカの製造技術を学ぼうとそのメーカと合弁会社を作ってしまったのはあまりにも有名な話だ。
もうひとつ見逃してはならないのは、中国はまだまだ急成長の真っ只中だということである。日本がバブル後遺症で10年以上経済成長が止まっている間に、中国は驚異的な経済成長を達成してきた。日本やアメリカのような成熟した経済大国はゼロ成長、マイナス成長時代に突入してきたが、中国は今後も年間成長率8%程度の経済成長を達成していくだろう。私の会社が関わっている工作機械産業でいえば、日米市場はようやく不況を抜け出し好況に転じているが、それでも年間成長率が3%前後と言われている。それに比べ、多くの市場アナリストは中国工作機械産業の年間成長率は30%近いものと予測されている。すでに世界の「脅威」となっている中国経済は、今後も製造業を中心に他国よりもはるかに早いスピードで成長・拡大していく。中国が「世界の工場」になるというのも、うなずける。
中国を訪問すると、その成長ぶりが肌で感じられる。上海とかでは超高層ビルが立ち並び、東京とあまり変わらない。大連は、数ヶ月に一度は訪問するが、訪問するたびに高速道路から眺める景観が違っている。数ヶ月前にはなかったビルやマンションが何棟も建てられていたり、高速道路そのものが拡張されたり移動されたりしている。我が社の大連のお客さんが「3メートル引越しする」と言って来たので、隣のビルにでも引越しするのかなと思っていれば、なんと、道路拡張のために道路に面したビルをすべて3メートルずつ後ろにずらしてしまった。もう何でもありの経済成長だ。
中国の経済成長の最大の要因は、巨大な消費者市場と低コストで潤沢な労働力を誘い水とした、海外資本誘致であるのはいうまでもない。海外の資金や製造技術の受け皿は、法的に国内企業との合弁会社でなければならないという取り決めにして、製造技術を国内企業に移転するのに成功し、中国の経済を押し上げている。また、過去の行き詰まった計画経済の象徴であった国有企業に大ナタをふるい、成果の上がらない経営者を次々と解雇していった。
しかし、中国経済の急成長は、地域間の凄まじい競争を抜きにしては語れない。中国は前政権が始めた改革によって経済面では地方に権限が委譲され、経済的には連邦制に近くなっている。その中でも特に発展し中国の経済成長を支えているのが、沿岸部の各地域である。特に北京・天津地域、上海を中心とした長江デルタ、広州を中心とした珠江デルタ、瀋陽や大連を中心とした東北三省は、それぞれ個別の文化、歴史、言語をベースとしたカルチャーユニットを形成し、独立国家の様相を呈している。これらの「独立国家」がお互いにライバル意識をもって競争し、外資系企業を呼び込み、その力を借りながらそれぞれの地域の経済を発展させてきた。その結果として今の中国経済が成り立っている。中国を単一国家として眺めていたのでは、中国の本質を見失うことになる。各地域間の競争や独立性、文化的独自性を正確に理解し、「中国全土」という発想を捨て、各地域での別個の経済進出戦略を考えることが中国ビジネスに成功する鍵だといえる。たとえば、中国では全国をカバーするメディアもなければ、テレビコマーシャルもすべてローカルだ。単一で同質的な中央(東京)集権的な日本とは事情があまりにも違う。
いきなり俗な話になって申し訳ないが、私自身もこれらの沿岸部各地域で仕事上のお付き合いを積極的にしていながら、それぞれ付き合い方が全然ちがうのに戸惑うときがある。大連や瀋陽等、東北地域では、大事な仕事の打ち合わせをしていても、午後5時ごろになると相手方の総経理(社長)が「もうこれ以上仕事の話はよそう」と言って、食事に誘われてしまう。そして、食事の席でアルコール50度以上する白酒を飲みながら、親交を深めることになる。相手方は、この殺人的にきついお酒を何度も薦めてきて、私が嫌がらずにちゃんと飲めば「好朋友」(ハオペンヨウ=親友)と言って抱きしめてきて、仕事のことはこの親友に任せなさい、と言ってビジネスが成立する。つまり、彼らの通念では、親友ほどの信頼関係の成立がビジネスの前提条件となっていて、そのために酒を死ぬほど交わすのが慣わしなのだろう。大連・瀋陽では、例外なくこのような目に遭ってきた。この地域の会社のセールス担当副社長は、お酒の強い大柄の人が多い。つまり、お酒を飲めれば副社長になれてしまうかもしれない。私の会社がこの地方で成功しているのは、ひとえに私に人並み以上の肝臓を与えてくれたオモニのおかげである。北京もこの辺の事情はよく似ているが、ビールで済む場合もたまにある。北京では運次第だ。
上海では、さすがに西洋かぶれの街とあって、最近はワインを目にする事が多くなってきた。しかも、決して人に無理強いしたりしない。一緒にテーブルを囲む相手方職員の中には、お酒が飲めないからといってミルクやヨーグルトジュースをコップに入れて飲んでいる輩もいる。テーブルにつけば敵味方関係なく、全員皆同じ量だけの白酒を飲まなければならない東北地方とは大きな違いだ。これがもっと南方の広州にまで下がると、さらにゆるくなってくる。この地域はより西洋的な「合理主義」なのか、あまり経営者同士「親交を深める」という意識は強くなく、打ち合わせで時間が足らなくなれば、会社内で弁当を食べながら、最後まで社内で打ち合わせを行う。契約が成立しても握手で終わり、酒を一切飲まないときが多い。私にとればオアシスだ。
さて、ここまで中国の発展ぶりやその事情を力説してしまうと、中国の経済バブルの崩壊を予想(まはた期待)している中国専門家諸氏に反論されるかもしれない。確かに、どんなに経済が成長してもいつかは成熟するだろうし、または本当に「バブル」が崩壊するかもしれない。数年前まで成長率8%を達成していた「アジアの虎」(韓国や台湾、シンガポール等のアジア諸国)が、今となってはこぞってゼロ成長になっているのを見れば、新興工業国が停滞していくのには何らかの法則があるように思える。その代表的な法則は、労働コストの上昇である。
通常、ある中堅国家が新興工業国として発展するには、安価で良質な労働力の提供が必要とされる。この安価で良質な労働力を先進工業国にアピールすることによって、世界中から外資が流入し、経済が発展していく。しかし、この戦略には落とし穴がある。一般に経済が発展していくと、生活の質もあがり労働者の賃金も上がっていく。その結果、安価な労働力の供給が難しくなり、国際競争力が低下し成長がストップする。「アジアの虎」の盛衰は、すべてではないがこの法則が当てはまる。
中国でも例外なく、人件費は上がってきている。ホワイトカラーに限れば、優秀なスタッフはアメリカ帰りが多く、外資系企業間での引き抜き合戦も盛んになっているので、人件費は国際的な時価に近くなってきている。しかし、工場とかで働くブルーカラーの賃金は、それほどには上昇していない。統計によると、この10年の間、これだけ経済が過熱してもブルーカラーの賃金は30%しか上昇しなかった。さらに、中国では今後10数年に渡り、ブルーカラーの賃金上昇を抑えて良質で潤沢な労働力を提供することができる。なぜなら、長江デルタや珠江デルタ等、どの工業地域においても、農村からの労働力の流れ込みがあるからだ。
中国政府は戸籍制度をうまく利用して、農村籍の労働力を少しずつ都市に流入させている。この10年間で都市部には年間1千万人の人が流れ込んできたと言われている。中国での農村人口は9億人なので、今後毎年2千万人の人口が流れ込んだとしても、37年間は安価な労働力を提供できるというわけだ。「アジアの虎」のタイでは6千万人、韓国は4千万人の人口しかいない。これではすぐに労働需給のバランスが崩れ、賃金が上昇してしまい、国際競争力が低下していく。これに比べ人口13億人を抱える中国では、今後数十年間は圧倒的な国際競争力を保てると思われる。
中国専門家諸氏が、中国の繁栄の終焉を予測するもうひとつの根拠としてよくあげられるのが、「一人っ子政策」である。文化大革命のあとで「一人っ子政策」が本格的に取り組まれてきたが、その結果として人口構成がかなり歪んできている。まず、男が多すぎる。一人しか生めないので、多くの家庭では胎児が女の子と判れば生まなかったりする場合がる。生まれたとしても施設に預けられ、運がよければ海外に養女として引き取られる。アメリカや西欧諸国では、子供に恵まれない白人家庭で養子縁組が日常的に行われているが、その多くが中国人女児だ。
中国の一人っ子世代は、「小皇帝」と呼ばれ家庭の中で父親、母親、そして双方の祖父母によって大事に育てられる。このようにして過保護に育てられた世代が30代へと成長し産業の中心を担うようになるのが、10年後である。それを境に、中国の競争力は急速に衰えていくだろうというのが、中国ウォッチャーの「通説」となっている。
しかし、果たしてそうだろうか?確かに「小皇帝」達は家庭内では過保護に育てられているかもしれない。しかし、一歩家の外に出ると、小数精鋭の高度な教育を受け、一人っ子同士の熾烈な競争に耐えうる能力を持つようになってきた。また、文革後の「脱政治人間」でもあり、国際感覚にも優れ、グローバル化社会に適した人材に育っている。先日行われたアテネ五輪では、出場選手のほとんどは一人っ子世代だが、金メダルの数は32個になり、過去最高になった。また、この世代は海外の一流大学にも多く留学している。私が勤務するMITでも、留学生の中で中国の人口が最も多く、世界トップのエリート教育を受けた卒業生達はこぞって中国に帰国し、中国各界のリーダーとして成長していくだろう。世界トップクラスのCNC技術を誇る私の会社でも、開発の中心を担っているのは若手中国人エンジニアである。もちろん、一人っ子だ。
確かに「少子化」という意味では、中国は他の先進国と同じような高齢化社会の悩みを抱えるかもしれないが、日本や他の先進国と違うのは、中国では「少子化」を「少数精鋭」ととらえ、激烈な競争に耐えうる人材として育ててきた。今の一人っ子世代は、中国数千年の歴史の中でももっとも優秀な世代だという言葉を中国ではよく耳にする。
このように考えると、中国の経済成長は当面衰えることはなさそうだ。ますます中国は世界経済システムの中心的な役割を担っていくだろうし、日本に住む在日コリアンにとっても日常生活レベルで中国の影響を受けることになるであろう。今後は、同じ東アジアの兄弟であり文化的にもそれほど離れていない中国に対して、絶好のチャンスだと捉えて積極的に中国と関わっていくか、中国を脅威ととらえひたすら中国経済が衰退し日本が復興するのを待ち続けるか、選択が迫られるだろう。しかし、私の目から見ると、後者の選択には勝機があるように思えない。
私が感じている限り、中国の経済成長は本物であり、今後アメリカとともに世界をリードしていく大国に成長するのは確実である。経済活動においてますますボーダーレス社会となっている現在では、ひとつの国や市場に留まるという発想自体が、すでに勝機を逸していることになる。中国は外資をどんどん導入しているだけでなく世界中に人材を派遣し、今では世界各地で中国企業と人材が活躍している。中国を単独の得体の知らないものと捉えるのではなく、世界経済システムの重要な要素としてとらえ、今後ますますグローバル化してく経済システムの中で成功するには、必然的に、かつ結果として、中国と関わざるを得ないという発想がもっとも重要であるように思える。日本対中国という二者選択的な発想ではなく、日本が、在日コリアンが今後どのように世界で生きていくのかを考えれば、自然に中国との正常で有効な関わり方が見えてくるはずだ。
しかし残念ながら、今までの日本の中国との関わりは、失敗の連続であった。中国は、実は経済的には日本への依存度が一番高いのにも関わらず、日本は中国内で存在感がなさすぎる。私は中国各地を訪問し、訪問先の若いエンジニアと話すときによく質問するが、日本が世界に誇る自動車メーカにブランド力を感じている人はほとんどいない。トヨタやホンダよりも、欧州では二流のフォルクスワーゲンのブランド力が圧倒的に強い。自動車ではドイツの方が技術力がはるかに高いと多くが信じている。
中国人の日本人観にはあまりプラスのイメージがないように感じる。中国と同じように過去に日本に蹂躙された歴史をもつ韓国では、確かに嫌いな民族として日本はいつもトップになっているが、それは経済大国で豊かな国である日本に対する尊敬や認知の裏返しという面もある。実際に、韓国は日本に追いつき追い越すことを目標としてひたすら走ってきた。しかし、中国では、日本を目標とすら思っていないようである。単に小国としか思っていないように思える。彼らの尊敬(またはその裏返しである対抗心)の対象は、いつもアメリカや欧州諸国だ。
日本にとって最大のODA対象国である中国で、このように尊敬もされず存在感自体も薄くなってしまった理由として、二つ上げられる。まず第一に、近年の中国政府による徹底した「日本人を見下ろす教育」だ。改革を推進している中国では、改革によって貧富の差が拡大し、国民の間で不満が続出してきた。そのような中国での「階級間闘争」を国家間、民族間の争いに転化するために、中国政府は反日教育を大々的に展開したのではないかと疑ってしまう。
しかし、このような責任転嫁教育は、どの国にとっても常套手段であり、韓国でも反日教育という面ではまったくひけをとらないどころか、世界最高レベルの反日教育を施しているだろう。にもかかわらず、韓国では日本が認知(尊敬)されていて中国ではまったくされていないのは、別のところに根本的な問題があるように思える。それは日本企業の中国進出のありかたのように思える。
日本の失敗例の典型的な例が、トヨタとフォルクスワーゲンの例である。1980年の半ばに、中国は国内の自動車産業のレベルアップを図るために、トヨタに対中投資と現地生産を依頼した。しかし、トヨタは投資環境が未熟であるという理由で断った。トヨタは、現地市場はまだ未熟だし、共産主義政府の計画経済のもとでは現地生産は難しいと判断した。中国はまったく同じ条件で、今度はドイツのフォルクスワーゲンに同じことを要請した。同社は中国の要請を快諾し、すぐに上海で投資・生産が始まった。フォルクスワーゲンの考えは、市場が未熟だからこそ外資への期待は大きく、中国政府が最大限の支援をしてくれ、必ず利益につながるだろうと判断した。結果は、まさしくフォルクスワーゲンの思惑通りになり、今では上海で走る車はほとんどフォルクスワーゲン社製である。トヨタをはじめ日本車はめったにお目にかかれない。
「世界最大のフロンティア」である中国に、欧米の大手企業は早くから参入してきた。リスクを恐れず、大胆に投資してきた。また長期的展望を持って現地で人材を積極的に採用し育成してきた。さらに、現地住民との友好的な関係を築くために努力を惜しまずに資金を投入してきた。一方日本では、ユニクロに代表されるように、中国に参入してきたのはほとんど中小企業である。大手は、欧米の安全で成熟した市場にのみ参入し、地理的にも文化的に欧米よりも有利なはずなのに中国への参入は最近まで二の足を踏んできた。その結果、日本のブランド力よりも欧米のブランド力が圧倒的に強くなっている。
また、日本の現地法人の雇用体制にも大きな問題がある。中国各地では就職先として賃金の高い外資系企業が学生には人気だが、就職したい企業のトップ20までに日本企業が入ったためしがない。日本が世界に誇るソニーや松下、トヨタも形無しである。その最大の原因は、日本式の年功序列制度を中国にまで輸入していることと、現地法人の幹部は能力にかかわらず日本人のみを採用していることである。中国人は、欧米並に個人主義を身につけており、自分の能力と実績に見合った分だけの報酬がもらえなければ、失望してしまう。また、日本人だからということだけで、自分よりも能力が落ちる本社社員が幹部で居座りつづけることに、我慢ができないのである。そういうこともあって、他の外資企業に比べると日本企業に対してのイメージは、よくない。正直なはなし、私の会社も日本の会社だったら、たとえ同じ技術と製品をもっていたとしても、ここまで中国市場に受け入れられなかっただろう。米国企業だから、まだチャンスがあったかもしれない。
今後日本は、中国参入の遅れを取り戻すことがないまま、世界経済システムから落ちこぼれて「老衰」していくのだろうか、それとも復興していくのだろうか。残念ながら、私には前者が当てはまるように思える。
日本の指導者には、将来の国家像を考える想像力が足らないように思える。中国では、若い世代に激烈な競争原理を導入し、少数精鋭の徹底した教育で育てている。また、権限を地方に分散し、沿岸各地の工業地帯同士の健全な競争のもとで、世界中から富を呼び込んで経済を作りあげている。日本では、「ゆとり教育」の理念のもとで競争原理を教育の現場から徹底的に排除してしまった。経済においては中央集権制を維持して地域間の競争を排除し、国債、地方債をばら撒くことで競争に負けた企業を援助し続けている。つまり、子孫にグローバル社会での国際競争力を身につけさせないばかりか、莫大な借金をその子孫に押し付けようとしている。中国がアメリカと同じ視線でどんどん成長していくなかで、日本は中国に遅れをとるだけでなく、世界経済システムに乗り遅れ、中国の経済的周辺国(経済規模的にアメリカに対するカナダのような国)に成り下がってしまうのではなかろうか。何も在日コリアンはこのような日本と心中する必要はないのではないか。
今後、ますます日本と中国の距離は広がっていくだろう。先日の重慶でのアジアカップ時にみられたように、中国で反日行動が起これば、反動として日本国内で中国への嫌悪感はますます助長される。かつてイギリスがGNPでアメリカに追い抜かれたときに「アメリカは必ず滅びる」という論調が支持されたように、今後、中国のGNPが日本を追い越すときに、中国に対する嫌悪感がさらに拡大し、日中の関係はますます悪化し、その結果日本はますます世界経済システムから取り残されていく。その中で在日は正確に中国を評価し、存在感を示していくべきだ。
中国はすでに様々な意味で「大国」に成長した。経済的には並外れた競争力を備え、政治的にも安定し、社会的不穏に直面しても揺らぐことのない国になった。最近は、有人衛星まで飛ばしてしまい、2010年には月面着陸も計画している。そして近い将来は、政治、経済の両面で超大国アメリカに唯一対抗できる国家になるはずだ。
米国と中国のはざまで、本来なら日本や韓国はキャスティングボードを握ってその存在感をアピールすべきだ。
しかし、日本にはその役割は無理なように思える。在日コリアンのなかでこそ、アメリカも中国も正当に正確に理解し、両大国を含めた世界経済システムを舞台として活躍できる人材が輩出されるべきだ。そうすることによって、日本国内でもリーダーシップを獲得できるのではないだろうか。
同胞の次世代をになう研究者、専門家に夢と希望を与えている祐伸科学教育振興会が、その実績が認められ特定非営利活動法人(NPO)として認証されたのは、大変喜ばしいことだ。理事長である申相祐氏の、在日コリアン社会の発展のために高度な人材を育成して行こうという情熱が、高く評価されたということである。心からお祝い申し上げたい。今後も、祐伸科学教育振興会の活動を通し、過去のしがらみや固定観念にとらわれず、「在日」という呪縛からも解放され、世界を舞台に活躍できる人材が育っていくことを祈念してやまない。
2004年8月 ボストンにて
プロフィール
Yang, Boo-Ho(ヤン・ブホ)
1988年、京都大学工学部数理工学科を卒業。1989年、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院に留学し、1995年1月、知能ロボットの研究で博士号を取得。その後、MIT情報技術研究センターの研究助教授(Research Scientist)に就任し、バイオインフォーマティックス分野で先端医用工学の研究に従事する。その傍ら、米国ボストンで、1998年、MITの同僚とともに、ロボットや工作機械の制御装置を開発・販売するSoft Servo Systems, Inc.を設立。2000年には、先端Java技術を中心に、IT教育やシステム開発で業界オンリーワンを目指すベンチャー企業、(株)12C(トゥウェルヴ・シー)ソリューションズを設立し、代表取締役兼CEOに就任。現在ソフトサーボシステム株式会社CEO。
「科学と未来」第5号に掲載