「共進化」する韓国ものづくりと、「共退化」する日本ものづくり
ソフトサーボシステムズ株式会社
梁富好(ヤンブホ)
安倍政権による韓国への半導体材料の輸出管理強化を発端とする昨今の日韓貿易対立は、文政権による日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄にまで発展し、経済分野にとどまらず安全保障における対立にまでエスカレートしてきた。同盟国である米国どころか韓国内でもGSOMIA破棄に反対意見があったにも関わらず、文政権をGSOMIA破棄にまで追い込んだのは様々な理由と目的があったにしろ、もとを正せばそれだけ日本の韓国半導体産業への「攻撃」が韓国政権の「急所」を突いていたということだと思える。
韓国の半導体産業は、言うまでもなく韓国の最重要産業だ。2018年に半導体の輸出額が1000億ドル(約11兆円)を突破し、現在では韓国の輸出全体の20%近くを半導体が占める。半導体のおかげで韓国輸出規模の推移は長らくプラス成長を記録し、韓国経済における絶対的な存在感を誇っている。
特に2018年に米国インテルを抜いて世界最大半導体メーカにまで成長したサムスン電子と、同じく急成長を果たし世界3位になったSKハイニックスは、両社合わせて世界中の半導体メモリー(DRAM)の72%を供給している。これはとてつもない寡占状態である。パソコンやスマートフォンだけでなく、IoTの進展で家電やセンサー等あらゆるものに使われている巨大なメモリー市場で、韓国の2社がその市場の72%を占有していることは特筆すべきことだ。それにより価格面でも市場を制御することができ、韓国経済に莫大な利益をもたらしている。
スマートフォンの普及とGoogleやアマゾン等の巨大ITメーカによるデータセンターの相次ぐ増設で、近年未曾有のメモリー好況を享受したサムスン電子とSKハイニックスは、2018年4月に1兆円程度の法人税を納付した。これは韓国全体法人税の約20%にも及び、それにより韓国国民の2社への信頼度、好感度は計り知れないほど高くなっている。さらに、これら2社は半導体事業の設備投資として年間3兆円規模を投資している。これは韓国の2017年度の国家予算の7.5%に匹敵し、国内の無数の関連装置メーカや部材メーカ、その下請け業者に及ぶまで、韓国経済界に幅広く売上増大と雇用創出を生み出している。半導体業界を含む製造業に従事する労働者だけでなく、街の食堂経営者のような零細業者や就職を目指す学生に至るまで、多くの韓国国民がサムスン電子やSKハイニックスの半導体事業の成功を祈るのはそのせいである。
このように韓国経済が半導体産業に過剰に依存することによって、半導体産業の浮き沈みが韓国という国そのものを左右するようになってきたと言っても過言でない。慰安婦問題や元徴用工の訴訟問題に業を煮やした安倍政権が、満を持して韓国への半導体素材の輸出管理強化に動いたのは、半導体産業が韓国の最大の強みであり、同時に最大の弱点(急所)であるからだ。
日韓貿易対立の発端となった7月の対韓輸出管理強化の対象3品のうち、感光剤(レジスト)とエッチングガス(フッ化水素)は、半導体製造において必要不可欠な素材である。メモリーのような半導体製品は、シリコンウエハー上で成膜や洗浄、レジスト塗布、露光、現像、エッチング、イオン注入、切断、組立、検査等、数多くの工程を経て製造される。各工程ごとに多様な半導体製造装置が必要とされ、さらにレジストやエッチングガス以外でも、リン酸やエポキシ樹脂等、数多くの素材を必要とされる。
韓国半導体メーカ2社は、これらの半導体製造装置や半導体素材を自前で製造したり、または国内で製造することはせず、多くは日本や米国等に頼っている。今回輸出管理対象となったレジストの日本依存率は93%に及び、エッチングガスの日本依存率も42%になっている。もしこれらの素材が日本から韓国に輸出できなくなれば、韓国半導体業界に致命的な打撃を与えるだけでなく、韓国経済そのものにとてつもない打撃を与えるのは、報道されている通りである。
さらに、安倍政権は8月に入って韓国をホワイト国から除外することで、さらなる「脅し」を韓国にかけた。ホワイト国から外すことことで、上記3品目の製品だけでなく、1000品目に至る製品にまで輸出規制品として政府による輸出許可が必要となる。さらに、ホワイト国から外れることで、韓国に対しては「キャッチオール規制」が適用され、それはすなわち、政府がその気になれば、リスト規制品でなくても全ての製品を輸出規制の対象にできるということだ。安倍政権はまだどの製品を規制対象にするかは明言していないが、韓国からすると十分に警戒心、恐怖心を抱いてしまう「無言の脅し」になっている。
韓国半導体メーカは、レジストやエッチングガス等、素材だけを日本に依存しているわけではない。レジストを塗布するレジスト塗布・現像装置は、98.7%が日本製品である。それ以外でも露光装置、研磨装置、エッチング装置、薄膜形成装置(CVD等)等の多くは日本からの輸入に頼っている。つまり、サムスン電子やSKハイニックスは、半導体メーカとして世界トップメーカにまで上り詰めたが、半導体を製造するための製造技術は依然として日本のものづくり技術に依存しているということだ。これらの技術、製造装置が韓国に輸出されなくなれば、韓国半導体産業はひとたまりもなく、韓国経済そのものの被害は計り知れない。
だからこそ安倍政権の7月の3品目の対韓輸出管理強化政策と、8月のホワイト国除外による「無言の脅し」は、安倍政権の想定以上に韓国政界や経済界を動揺させ、一般国民にまでも日本製品不買運動や日本への旅行自粛等、ヒステリックな反応を引き起こした。韓国の一部左派系マスコミは「経済戦争」とまで称し、従来からの歴史問題と絡めて日本への対立を煽っている。もともと民族主義的で左派色の強い文政権が米国の警告を無視してGSOMIAの破棄にまで至ってしまったのは、そのような世論の中で、引くに引けなくなった事情もあっただろう。
日本でも、過剰反応をする韓国の様子や「日本のものづくり技術がなければ韓国経済は立ち行かないのに、なんで反発するのか?」というマスコミの連日の報道で、一部国民の中で嫌韓意識が高まってきているような気がする。最近では、私の身の回りでも、弊社が韓国での事業比率の大きいのを知っている友人から、「韓国で事業しているなんて、大丈夫?もう韓国から撤退した方がいいのでは?」などと本気で心配をされる場面も増えてきた。
確かに弊社は長年韓国で事業を展開している。しかも、渦中の半導体業界のど真ん中で事業を展開している。長年サムスン電子や韓国国内半導体製造装置メーカと取引をしており、それが弊社の売り上げの多くを占める。その過程で、韓国だけでなく日本の多くの大手半導体製造装置メーカの社員とも知り合い、様々な意見交換も行ってきた。そのような経験と見識を積み上げていく中で、今回の日韓貿易対立に対して違った見方を持つようになってきた。結論を先に言うと、安倍政権の今回の「無言の脅し」は、韓国のものづくり技術力を飛躍的に発展させる契機となるであろうと言うことだ。それを説明するキーワードが「共進化」と「共退化」である。ついでに言うと、弊社もその「共進化」の波に乗り、事業が拡大し、あとで安倍政権に感謝する時が来るかもしれない。これらを説明する前に、まず弊社がどのようにして韓国の半導体業界に進出できたのかを説明したい。
弊社は、高価なFA機器を用いずに廉価なパソコンだけで半導体製造装置や産業用ロボット、工作機械を制御する特殊なソフトウエアを開発し、「モーションコントローラ製品」として各種装置メーカに提供している。もともと私がMITで勤務していた時に開発した技術だが、当初は保守的な工作機械産業にターゲットを絞ってソフトウエアを開発したことで、長年苦労を強いられた。その後、2012年からターゲットを半導体製造装置等、より汎用的な産業装置に移し、その産業に適合した制御ソフトを開発し始めた。するといきなりその年に韓国のS社から連絡が入り、ぜひ弊社の制御ソフト製品を試したいというオファーをもらった。
当初、私は韓国の産業は一切知らず、S社がどんな企業なのかも知らないまま渡韓した。多分ローカルな中小企業だと思い、大きな期待をせずにS社を訪問したのだが、あまりにも大きな社屋と広大なキャンパスでびっくりした。あとで韓国の友人から聞いたのだが、S社はサムスン電子の核心グループ会社であり、当時でも1000億円の売り上げがあり、韓国最大の半導体製造装置メーカだった。
S社が製造するウェーハ洗浄機やレジスト塗布現像装置、プローバと呼ばれる装置は、半導体製造工程で欠かせない重要装置であり、主に親会社のサムスン電子の半導体工場で使われている。以前はサムスン電子半導体工場で使われる半導体製造装置は100%日本製だったが、日本への依存度を低めるために、S社は装置の内製化の重責を担っていた。ただ、当時は日本の装置との技術的な差が大きく、日本に追いつくために装置そのものを制御するモーションコントローラのレベルアップを模索していた。その中でS社の次期コントローラとして弊社技術に白羽の矢が立った。
ちなみに、「白羽の矢が立つ」の本来の意味は、多くの中から犠牲者として選ばれるということだ。当時弊社に白羽の矢が立ったことで喜んでいた私は、「犠牲者」としてその後3年間にあれほど苦労するとは、夢にも思わなかった。
S社の目標は、日本の東京エレクトロン社やスクリーン社のような世界トップクラスの装置メーカに技術的に追いつく事だった。これらの日本の装置メーカの強みはたくさんあるが、ノウハウが蓄積されたモーションコントローラも内製化しており、非常に高い性能を誇っていた。S社としては、まずモーションコントローラを強化し、なんとか追いつこうと必死であった。その期待を弊社に託したのだ。
しかし、当時社員10人程度の弊社で、同じレベルのコントローラを提供できるはずがない。しかも、2012年当時は、弊社は半導体装置向けの制御ソフトの開発を始めてまだ1年も経っていない、よちよち歩き状態だった。高度な半導体製造装置を制御するには、様々な制御機能を必要とするが、当時の弊社製品は多分10%も準備されていなかった。ただ、ハードに依存せずソフトのみで制御できるという長所を高く評価し、弊社の技術力があればすぐに世界トップレベルの機能と性能を達成できるだろうと期待されてしまった。
S社の有難い(?)勝手な期待によって、弊社はその後3年間地獄のような日々を過ごすようになった。弊社はS社の近くでマンションを借り、弊社の開発メンバー数人と私自身がそこに住み込み、S社からの厳しい指導や叱責を受けながらソフト開発を進めた。S社も親会社であるサムスン電子からのプレッシャーも相当だったようで、必死で弊社の開発を手伝った。開発途中の弊社製品をサムスン半導体工場でテストを行い、サムスン電子からのさらなる要求やアイデアがフィードバックされてきた。つまり、サムスン電子、S社、弊社の3社が共同になって、コントローラの開発を進めてきたということだ。
そのような共同開発作業を経て、2015年にようやく弊社製品「WMX」が完成し、無事にS社の洗浄装置やレジスト塗布装置、プローバに適用され、サムスン電子半導体工場に納品された。結果として、WMXはS社以外でも、日本や韓国の多くの半導体装置メーカにも採用され、特に韓国FA業界で高い評価をいただいている。3-4年前までヨチヨチ歩きだった弊社制御技術が、一気に韓国でトップレベルに躍り出た形だ。
さて、自慢話をするために長らくS社の話をしたのではない。私がここで強調したいのは、ものづくりにおける「共進化」だ。ものづくりというのは、サムスン電子やトヨタ自動車のような製品メーカをトップとし、各種産業装置メーカ、部材メーカ、部品メーカ等が密接に協力しあって成立するものだ。そして、製品メーカが成長すると、そこにつながっている他のメーカも一緒に成長していく。それが「共進化」だ。
トヨタ自動車が世界最高レベルの自動車メーカであることと、それを支える日本の工作機械メーカや産業用ロボットメーカが世界トップレベルにあることは、偶然ではない。さらに工作機メーカやロボットメーカにFA機器や部品を提供するFA機器メーカも世界最高レベルを誇っている。トヨタは単独では世界一にはなれず、トヨタを支える装置メーカやFA機器メーカの成長を必要とする。同時に、装置メーカやFA機器メーカは、トヨタの成長があるからこそ、自らも成長できる。相互に成長していくには、技術的に厳しい難題をお互いに協力し合いながら解決していく過程が必ず存在する。それが「共進化」の本質である。
私も当時、韓国で過酷な日々を送る中で「S社に騙された」と思い後悔したことが何度もあった。しかし今にしてみれば、S社のおかげで弊社の技術力が一段と飛躍した。弊社単独での開発では、絶対に不可能な成長であり、今ではS社に足を向けて寝られないほどだ。またS社も弊社製品を2015年から採用したことで、ウエハー洗浄機では日本製品を凌駕することができ、サムスン半導体工場で全面的に採用されるようになった。現在、レジスト塗布現像装置やプローバ装置にも採用され、少しずつ日本製品から置き換えられるようになってきている。
「共進化」の反対語が「共退化」だ。特にものづくり業界においては、ものづくりの頂点に位置する製品メーカが衰退すると、そこに連なっている装置メーカも同時に衰退していく。たとえば、最初の産業革命が起こったイギリスでは、一時期自動車産業も隆盛を極め、裾野の広いものづくり経済圏が存在していた。しかし、今ではイギリスの自動車メーカのほとんどが外国メーカの傘下に入り、海外に生産拠点を移した。その結果、装置メーカや部材メーカ等、製造業を支える企業が衰退し、技術者も育たず、自動車産業だけでなく製造業全般が弱体化してしまった。
ものづくりにおいて、自動車産業と半導体産業は規模的にも技術レベル的にも2大ものづくり業界系列といっても過言ではない。これらの産業に連なっている装置メーカは無数にあり、巨大な経済圏を構成している。一国において強固な自動車産業や半導体産業があるかないかは、その国のものづくりのレベルや深さ、規模にとって決定的な要素となる。かつて日本は、自動車産業と半導体産業の両方で隆盛を誇り、それによって世界最高レベルのものづくり産業を築いてきた。
半導体の歴史を振り返ってみると、半導体市場は1970年代まではインテルなどアメリカ企業の独壇場であったが、1980年代に入ると日本の半導体メーカは驚異的な技術的進歩を遂げ、1980年代後半になると世界半導体市場の50%を占めるようになった。当時世界の半導体メーカの上位10社のうち6社を日本のメーカ(NEC、東芝、日立、富士通、パナソニック、三菱電機)が占めるに至った。まさしく半導体立国日本だった。
当時の各メーカの半導体製造を支えたのは、東京エレクトロンやスクリーン、ディスコ、日立ハイテクノロジーズのような半導体製造装置メーカであり、そのような装置メーカにFA機器を提供する安川電機や三菱電機等も一気に成長を遂げた。当時は半導体メーカと装置メーカ、FA機器メーカが一心同体で、共同開発を続けて世界最高レベルの半導体を製造していった。特に半導体の微細化が進む中で、半導体メーカの要求を満たすための製造技術を共同で生み出し、それを装置として、FA機器として製品化していった。それこそ「共進化」の最たる例だ。
ただ、日本の半導体の黄金期は長く続かなかった。最先端技術である半導体産業を日本に奪われるのを危惧したアメリカ政府は日本政府に熾烈な圧力をかけ、1986年に日米半導体協定を締結させ、米国産半導体製品の日本市場でのシェアを強制的に拡大させた。さらに、半導体の微細化がさらに進み、半導体製造装置のコストも上昇していく中で、単独で巨大な設備投資に耐えらなくなった日本の半導体メーカが一社一社脱落していった。
日本半導体産業の凋落を決定づけたのは、1990年代に急遽登場したサムスン電子だ。1990年当初の半導体不況で日本の大手メーカが軒並み設備投資を控えるなか、サムスン電子は設備投資や研究投資を逆に拡大させていった。そして半導体景気が回復し需要が拡大した時には、サムスン電子ほどの生産技術と能力を持つ半導体メーカは存在せず、DRAM市場で一気にシェアトップとなり、それ以降サムスン電子を脅かす半導体メーカは出てこなくなった。日本ではその後大規模な業界再編を強いられ、今では半導体メーカ世界トップ10には日本勢では東芝メモリーのみ、しかも8位に入るのがやっとというレベルにまで成り下がってしまった。
「共退化」理論に基づくと、半導体産業が衰退すると半導体装置メーカやFA機器メーカも衰退するはずだ。しかし、日本の半導体装置メーカやFA機器メーカはその後も成長し続け、今でも技術的に世界トップレベルを保持している。その理由は、半導体トップメーカに躍り出たサムスン電子が、いつまでも日本の装置メーカ、FA機器メーカをパートナーに選んだからだ。つまり、サムスン電子と日本のものづくり業界が、国を超えて「共進」してしまった。
半導体の超微細化が進み中で、サムスン電子やSKハイニックスが困難な技術課題を克服し、世界最高レベルの半導体を製造できるのは、半導体メーカと半導体製造装置メーカの弛まない協業関係があるからだ。半導体メーカは装置メーカに依存し、装置メーカも半導体メーカに依存する。結局日本では半導体産業は衰退したが、サムスン電子とSKハイニックスとの「共進化」のおかげで、半導体製造装置産業は発展を続け、日本経済の中でも巨大で戦略的にも重要な産業に成長した。もちろん、韓国内でも多くの半導体製造装置メーカが誕生し、少なからずサムスン電子やSKハイニックスでも採用されている。ただ、半導体装置メーカとして世界トップ10にランキングしているのは、前述したS社だけで、他の装置メーカはまだ世界レベルには成長していない。サムスン電子やSKハイニックスが毎年巨大な設備投資をすると述べたが、両社が購入する半導体製造装置の中で韓国製品は20%にも満たない。その巨大な設備投資金額の多くは、日本に向かってしまっている。
話を安倍政権による日韓貿易対立に戻そう。私は安倍政権が本気で韓国半導体産業に打撃を与えようとしているとは思えない。前述のように、日本の重要な産業である半導体製造装置産業にとって最大の顧客であり最大のパートナーである韓国半導体産業が衰えると、日本経済にも大きな被害は発生する。もしサムスン電子やSKハイニックスが安倍政権の輸出規制によって半導体製造が続けられなくなるとすれば、すでに日本から受注済みの半導体製造装置が100台単位でキャンセルされ、甚大な被害が発生する。
さらに、両社で世界のDRAMの72%を生産している状況で、この2社の製造ラインが停止すれば、世界の電子機器や通信機器業界は大混乱に陥るだろう。一説によると、2ヶ月間両社のDRAM製造ラインが停止するだけで、2億3000台のスマートフォン、4300万台のパソコン、2500万台のタブレット、217万台のサーバ、および各種デジタル家電に相当な被害がでる。
安倍政権が自国の重要産業を危機に陥れ、さらに世界中の電子機器メーカを敵に回しても、韓国半導体産業に打撃を与えようとしているとは考えにくい。確かに7月の輸出管理強化対象品には半導体素材が含まれているが、それはあくまで他国に軍事流用、横流しされる恐れがある素材という名目で、管理強化したものだ。実際に8月初旬には、輸出申請されたレジスト製品は1ヶ月だけの審査で何事もなかったかのようにサムスン電子に輸出された。今後もスムーズに韓国に輸出されるだろう。
またホワイト国除外に関して、安倍政権側から特に半導体製造装置や素材を輸出規制に含めた形跡もなければ、そのような趣旨の発言も正式には一度もない。今回、韓国はホワイト国から外れ「グループB」に振り分けられたが、韓国と並ぶ半導体立国の台湾は「グループC」に所属する。つまり、韓国はホワイト国から外されてしまったが、輸出管理の面では台湾よりも優遇されている。そして現在、世界有数の半導体メーカである台湾のTSMCは滞りなく日本から各種製造装置や半導体材料を輸入して半導体を台湾で生産している。
私の見解としては、安倍政権は韓国の文政権に対して、徴用工問題でちょっとは注意を払ってほしいという思いで、「無言の脅し」でコツッと頭を叩いた程度だと思う。ただ、安倍政権の意図とは裏腹に、その脅しはあまりにも正確に韓国経済の「急所」を突いたがゆえに、韓国政府や経済界、国民に想定以上の恐怖心を与え、韓国経済のあり方そのものを考え直すきっかけとなったと言える。
私は今の日韓対立は長く続かないと見ている。近いうちに両者がなんらかの形で歩み寄り、輸出規制が解かれ、日韓貿易対立が解消されると思う。ただ、たとえそのようになったとしても、サムスン電子やSKハイニックスは今回の「トラウマ」を忘れられず、半導体製造装置の日本への依存度を減らしていくことになるだろう。そしてようやく韓国国内で「共進化」が起こる。
実際、数週間前にはサムスン電子から韓国国内装置メーカに対して一斉に、各社の製品の中で日本の技術、部材、部品がどれだけ使われているのかを整理して報告するような「公文書」が発行された。それは日本の輸出規制が拡大するとどのような影響があるのかを調査するという目的でもあるが、一方で今後はなるべく日本の部材や部品、製品を使わないようにという要請の意味も持つ。最近の韓国のFA業界や半導体業界の雑誌、専門誌の広告では、「当社は日本製品ではない」、「日本製品を採用していない」という文言の入った広告文が多くなっている。弊社も実は同じような通達をS社からもらったが、弊社は数年前に本社を韓国に移してあったので、堂々と「韓国の製品」と言い切らせていただいた。
日本半導体業界の著名な専門家の記事によると、今後韓国半導体業界(サムスン電子、SKハイニックス)は、日韓貿易対立の成り行きに関わらず日本の装置メーカを避けて国内装置メーカと米国メーカに急ピッチで置き換えていくと書かれてある。国産化の中心となるのがS社だ。前述したように、S社はすでにウエハー洗浄装置の国産化を成功させ、日本への依存をなくすことに成功した。さらに、S社は以前から日本への依存度が高いレジスト塗布・現像装置とプローバ装置を開発して来たが、最近は優先度が上がり一気に開発ピッチが上がって来た。つまり、韓国ではS社のこの3機種の装置がすごく成長すると期待できる。3機種ともすべて弊社の制御ソフト製品を採用しており、弊社にとっても大きなチャンスとなる。
S社だけでなく、今後韓国内の他の装置メーカにもチャンスが巡ってくるだろう。サムスン電子やSKハイニックスは、今後国内メーカと技術的な協業を進め、時には厳しい要求を出しながら、それについてこれるメーカに対しては、様々なサポートを提供し、国内半導体関連産業の底上げに尽力すると思われる。今後国内半導体装置メーカはどんどん技術革新を起こし、サムスン電子に採用されるだけでなく、世界的にも競争力のあるメーカに成長していくだろう。そして関連産業も底上げされ、韓国ものづくり業界そのものがレベルアップしていく。つまり、ようやく韓国でも「共進化」の恩恵を享受できるようになる。
一方、日本では、今後「共退化」が進むかもしれない。サムスン電子とSKハイニックスという半導体トップメーカであり最大顧客が日本への依存を軽減していくなかで、半導体製造装置業界に技術革新が起こりにくくなっていくだろう。日本国内半導体メーカの今までのような成長は期待できず、韓国メーカとの差はどんどん縮まっていくだろう。
長らく韓国と日本の先端ものづくり業界で小規模ながら事業を展開してきた私としては、韓国がものづくり分野で技術的に日本に追いつくなんて、一生無理だと思っていた。それだけ大きな差が歴然とある。しかしそのような悲観は、現在韓国半導体産業で確実に発生している「共進化」によって、期待と楽観に変わってきた。私のことを心配している友人から、「韓国から撤退しなくてよかったね」と言われる日が待ち遠しい。
プロフィール
1965年大阪生まれ。高校を中退後、大検を経て1984年京都大学工学部数理工学科に入学。同学科卒業後、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院機械工学科に留学し、1995年知能ロボットの研究で博士号を取得。その後、MIT情報技術研究センターの研究助教授(Research Scientist)に就任。1998年MITの同僚とともに、米国ボストン郊外でSoft Servo Systems, Inc.を設立。2002年に同社CEOに就任。2006年にソフトサーボシステムズ株式会社を東京にて設立し代表取締役に就任。2014年に韓国法人Soft Motions & Robotics Co., Ltdを設立し、代表理事に就任。現在に至る。

「科学と未来」第20号に掲載