エッセイ 第15回

エッセイ 第15回

「中国製造2025」:中国経済再浮上の切り札となるか

ソフトサーボシステムズ株式会社
梁富好(ヤンブホ)

 インターネットやスマホを中心としたITブームは一時期過熱気味だったが、最近はネットもスマホも人々の日常生活に浸透しそれほどもの珍しくもなくなってきた。それらに変わり、最近徐々に経済誌や専門誌を賑わせてきているイノベーション(技術革新)がある。しかも過去の産業革命に匹敵すると評されている。それは、米国が進めるIoTとドイツが推進するIndustry 4.0だ。

 IoTは「Internet of Things」という英語の略称だが、日本語では「モノのインターネット」と訳される。フリー百科事典のウィキペディアによると、IoTとは一意に識別可能な「もの」がインターネットに接続され、情報交換することにより相互に制御する仕組みである。今でもすでにパソコンやデジタル家電はインターネットで接続されているが、それ以外のすべての目に見えるモノにもネットに接続し、莫大なデータを収集・分析し、問題解決や人々の生活の質の向上、生産性の向上に役立てようとしている。

 私がマサチューセッツ工科大学(MIT)で研究活動していた時代(20年も昔だが...)も、MIT内で「ユビキタス・コンピューティング」というよく似たコンセプトの研究が進められていたが、その研究者の一人が1999年にIoTと命名したのが起源だ。IoTではあらゆるモノがワイヤレス・インターネットで相互接続され、特に製造業で劇的な革新をもたらすと思われている。世界最大の製造業メーカの一つである米国ジェネラルエレクトリック社(GE)はいち早くIoT技術を取り入れ、Industrial Internet(産業用インターネット)と独自解釈し製造現場に導入し始めている。 2014年には米国政府の強力な支援のもとで、GE、AT&T、シスコシステムズ、IBM、インテルという米国を代表する企業が集い、IoTの標準団体である「インダストリアル・インターネット・コンソーシアム」を設立した。米国政府としては、空洞化した製造業を米国に回帰させるための特効薬としてIoTを活用し、米国製造業の競争力強化を図ろうとしている。

 米国発のIoTに対し、世界を代表する先進工業国であるドイツが「Industry 4.0」(インダストリー4.0)を提唱している。ドイツ政府としては、製造業における高い技術競争力の維持が経済成長にとって重要と考え、早くからインターネットやセンシング技術、デジタル技術の生産現場への導入を考えていた。工場での視覚システムや各種センサ、ロボットをネットワークを通して会社の監視システムやデータベースと接続し、あらゆるデータを蓄積・分析することで工場が自律的に生産性を高めるスマート生産システムの構築を目指している。Industry 4.0には、「第4次産業革命」という意味が込められている。まさにドイツが国家としての威信をかけた重大プロジェクトだ。

 米国発のIoTにしても、ドイツ発のIndustry4.0にしても、基本的にはインターネットや各種センサー、ワイヤレスネットワーク、クラウドコンピューティング、ビッグデータを活用することで大規模で知的な生産システムを構築し、製造現場の効率や生産性を飛躍的に向上させるのを目的としている。両方アプローチともまだ全体像が明確ではないが、第4次産業革命と標榜できるだけのインパクトを実際の製造業にもたらすことができるか、世界が注視している。

 ハイテク分野で常に世界をリードしてきた米国と、製造業で世界をリードしてきたドイツがそれぞれ官民挙げて次の産業革命となるイノベーションを提案している中で、同じくものづくり分野では両国にひけを取らない日本がなんらかの対抗案を提示するものと期待していた。しかし、日本がアベノミクスで成長戦略を標榜している割には新たなイノベーションを提案できずもたもたしている中、思わぬ伏兵が現れた。今や世界第二の経済大国に成長した中国である。

 中国政府は2015年5月に、「中国製造2025」と題した10カ年計画を発表した。この計画は現状の「製造大国」から「製造強国」へと産業構造を転換させることを大きな目標とし、その第一ステップとして今後10年間で「情報技術」や「ロボット」、「バイオ」等、10大産業を指定し集中的に発展させようとするものだ。最終的には、中華人民共和国成立100周年にあたる2049年までに、技術的にも規模的にもアメリカやドイツを凌駕し世界最強の製造業大国に成長するという、壮大な計画だ。

 中国製造2025の中身を見てみると、先進技術と先進的製造業の融合が謳われており、製造業のスマート化、インテリジェント化を推進している。情報化、ネットワーク化された産業体系を新たな製造業のモデルとしている。どうも、どこかで聞いたような話しだ。

 よくよく調べてみると、ドイツのIndustry4.0とよく似ている。というか、ほとんどコピーではないかと思われる。いい風に捉えれば、中国はドイツのIndustry4.0を徹底的に研究し、中国製造業の現状と照らし合わせ、Industry4.0を中国独自の解釈で体系化したと言える。実際、どこかの新聞の記事で読んだ記憶があるのだが、中国政府は中国製造2025を策定するに辺りIndustry4.0を参考にし、多くの共通点があると認めている。

 なぜ中国はなりふり構わず、他国のモノマネという批判を甘んじても「中国製造2025」という計画を急いで策定したのか。それは中国が抱える深刻な社会的、経済的問題に起因している。米国やドイツの場合は国家の威信をかけていると述べたが、中国の場合は国家の存亡をかけていると言っても過言ではない。

 中国が人類史上例を見ないスピードで経済大国に成長したのは、言うまでもなく「世界の工場」として世界中から投資を集め、安く潤沢な労働力を活用することができたからだ。しかし、中国では過去10年間で賃金が数倍も上昇し、人件費を始めとするコストの高騰で労働集約型による成長が限界に来ている。不動産や生産設備への投資も過剰となり、経済成長を妨げている主要因となっている。今後の中国が経済成長を続けていくためには投資や安い労働力に頼らず、効率と生産性を劇的に向上させるためのイノベーションが必須となっている。

 長年の政府による無制限の景気対策と不動産を中心とする過剰な投資により、全国には借金まみれの国営企業や自治体が蔓延している。中国政府は短期的な痛み(景気後退)を受け入れ、これらの企業や自治体を精算し、経済のひずみを修正し、より健全な状態で再浮上する選択も可能だ。しかし、最近の上海株式市場での株価暴落時のなりふり構わぬ介入や、過剰在庫、過剰生産を解消するための人民元の突然の切り下げで見ていると、中国政府には一時的でも景気後退という選択肢は持っていないようだ。不動産バブルを維持し、死に体の企業を延命させ、無駄な投資を続けようとしている。このままでは当面は表面的な経済成長を維持できるかもしれないが、いつかは破滅的な結果をもたらすだろうし、そのことは中国政府も十分に認識しているはずだ。にもかかわらず、政府がその「破滅の道」な道を選択せざるを得ないのは、経済成長をストップさせると共産党支配そのものが破滅するからだ。

 中国は言わずと知れた共産党独裁の国だ。民主主義は存在しない。旧ソ連や東欧の社会主義国家の崩壊に見られるように、歴史的に共産党による独裁政権というものは長続きしないものだ。中国でも情報統制は厳しいが北朝鮮のように徹底しているわけでもない。アメリカを始めとする海外との往来は比較的自由で、中国国民は自由や民主主義という普遍価値を十分に知っている。

 私自身、留学時代の中国の友人や、仕事上の付き合いのある多くの中国人に何度も聞いたことがあるが、多くの中国人は政治的な自由や民主主義という普遍的な価値よりも、驚異的な経済成長による豊かさを選択している感じがする。アメリカに長年在住している中国人ですら、その経済成長をもたらした共産党政府に対しそれなりの評価をしている。

 さらに言うと、中国人は決して目先の豊かさだけで目が眩んでいるわけではない。民主主義よりもカネを選ぶという単純なものではない。彼らにとって豊かさよりも重要なのは「中華思想」にあるのではないだろうか。多くの中国専門家は、中国の歴史や政策の根底に中華思想があると考えている。

 中華思想とは、中国が世界の文化、政治の中心であり、他国、他民族に優越しているという意識や思想のことを指す。歴史的に儒教的な王道政治の理想を実現したのが漢民族という考えで、良く言えば自民族(漢民族に限定だが)への誇り、悪く言えば自民族中心の奢りだ。一般的中国人(漢民族)にはこの中華思想が、意識しようとしまいとDNA的に植え込まれているように思える。

 その中華思想が最も傷つけられたのが日本による侵略と支配であるのは間違いない。今の中国での反日感情の高まりは、その反動だと思えば理解が簡単だ。戦後も米国や旧ソ連、そして日本等の周辺国がどんどん経済成長を続けて行く中で、ずっと農民国として世界から放置され、さらに文化大革命で悪夢のような大混乱と経済の深刻な後退がもたらされた。当時の中国人にとって「中華思想」は言葉にも出せない過去の遺物となった。

 そんな中国に驚異的な大躍進をもたらしたのが1979年に鄧小平が導入した改革開放政策だ。それ以降の経済成長により、中国人は豊かになっただけでなく、中華思想も復活したのではないだろうか。中華思想的には単に蔑む対象(周辺の異民族)だった日本に対して経済規模で追抜き、世界の唯一の大国である米国と「対等」に話し合えることになったことに、彼らの眠っていた中華思想が思いっきり刺激されているような気がする。民主主義や政治的自由がなくても、中国に誇りを感じ、ひいては中国共産党に誇りを感じているのではないかと思われる。つまり、経済成長と、それによる中華思想の覚醒が、今の共産党による独裁支配を可能にしている。

 当然ながら、共産党の指導者たちもそのことを熟知している。習政権が打ち出している「アジアインフラ投資銀行」や新シルクロード「一帯一路」構想、さらには尖閣諸島を始めとする周辺諸国との紛争は、その実現性や領土拡大よりも、アメリカと並ぶ世界のリーダーであることを国民にアピールし、国民の中華思想を刺激し、共産党への忠誠心を醸し出そうとしているのではないだろうか。経済成長が停滞しているときだからこそ、共産党による支配を維持するためにこのようなスローガンが必要となっている。

 しかし、真の経済成長を実現しなければ、このようなスローガンも政府による景気テコ入れや株式市場介入も限界が来るのは目に見えている。共産党支配を続けるためには、その大前提である豊かさや国民の中華思想を維持しなければならず、そのためには持続的で健全な経済成長が必須である。経済が停滞したとたん、共産党への信頼と信用が揺らぎ、独裁体制が崩壊する可能性が高くなる。

 私の見立てでは、習政権はすでに不動産バブルや株式バブルが崩壊し実質的に経済が停滞している状態にあるなかで、小手先の政策で必死で見かけ上の経済成長を維持しながら、早急に技術革新をベースとする新たな成長エンジンを見つけ出そうとしているように思える。その中心となる政策が「中国製造2025」だ。つまり、中国製造2025は共産党政権の存亡をかけた最後の切り札と言っても過言ではない。

 では、果たしてこの中国製造2025は習政権が望むように順調に進んでいくだろうか。本当に産業革命と呼ばれるほどのイノベーションをもたらしてくれるだろうか。予断はできないが、私の今までの経験や見識から言って、非常に難しいのではないかと思っている。

 中国製造2025の10産業の中には「高度にデジタル制御されたロボット、工作機」という産業がある。自慢ではないが、我が社は長年産業ロボットや工作機向けの高度なデジタル制御装置を開発し日米の多くの機械メーカに提供してきた。今まで特にIoTやIndustry 4.0を意識していなかった(恥ずかしながらあまり注意していなかった)が、結果的にIoTやIndustry 4.0に深く関わっていた。生産工場の自動化では各種産業機械の自動化、ネットワーク化が大事だが、我が社が開発している産業機械向け制御装置は、いち早くパソコン化、ソフト化を実現し、インターネットへの接続を簡単に実現している。つまり、IoTが世の中で誕生した1999年には、すでに産業機械をインターネットに接続するための制御装置を開発していた。

 ものづくりの世界では、まだまだセンサーや半導体チップ等のハード技術による制御システムが主流だが、IoTやIndustry4.0が描く世界ではどうしてもソフトウエアがより重要になってくる。今後の生産システムでは、多くのモノや製造装置、機械、部品がネットワークでつながり、データの収集や分析を通した生産性の向上が求められる。そこで決め手となるのが、そのような分析や上位の監視システムとのインターフェースとなるソフトウエアであろう。

 IoTやIndustry4.0では、様々センサーやハード製品が開発されていくだろう。しかし、ハード製品はすぐにコモディティ化され付加価値がなくなる。米国でもドイツでも力を入れているのは、そのようなハード製品を統括し生産性を向上させるためのソフトウエアの開発だ。つまり、極論を言えば米国やドイツが志向する第4次産業革命の成否を握るのは、ソフトウエア力だと考えている。

 転じて中国のソフトウエア力はどうだろうか。世界の工場が集中する中国では、先進国の投資や技術移転もあり、確かにハードウエア技術は格段と向上した。アップルのiPhoneや各種スマホ、パソコンやデジタル家電を始め、先端のハード製品はほとんど中国で製造されていると言っても過言ではない。しかし、これらのハード製品はiOSやアンドロイド、Windowsというソフトがなければただの箱でしかない。先端ハード製品の中身のソフトはすべて海外(多くは米国)の技術である。結局中国は付加価値の低いハード製品を作らされて、付加価値の高いソフトウエアは米国を中心とする先進諸国に独占されている。

 当然ながら中国もソフトウエア技術の向上に力を入れているが、モノマネで比較的簡単に習得できるハードとは違い、ソフトウエア技術の向上には「特効薬」はない。世界トップレベルの工業国でもあり最高レベルの製造技術をもつ日本ですら、ソフトウエア技術の水準は米国どころか他の先進諸国にも及ばない。ソフトウエアはその国の文化や歴史、教育を反映する。特に教育の影響は非常に大きく、子供に初等教育から常に独創性とリーダーシップを叩き込もうとする米国がソフトウエアで世界を圧倒しているのは偶然ではない。

 もともと教育レベルで他の先進国に大きく遅れていた中国は、文化大革命で致命的な後遺症を追った。私が一時期客員教員を勤めていた中国を代表する大学でも、教員のなかで博士号を取得しているのは半分もいなかった。博士号を持つ教授もその多くは、米国や他の先進諸国の比較もできないほどに研究レベルの低かった当時の国内大学での博士号である。近年の急速の経済成長の中で、中国政府も教育に力を入れており、海外の優秀な人材や教授を招聘したりして、以前に比べるとはるかに良くなったかもしれない。しかし、「教育は国家百年の大計」という言葉が示すように、どれだけ莫大な投資をしたとしても一朝一夕で成果が出るものではない。

 中国製造2025は、中国共産党にとって必ず成功させなければならない大規模なプロジェクトである。莫大な予算が投下されるだろうし、そのおこぼれでももらえないかと我が社も大きな期待を持っている。しかし、中国政府が望むほどの、つまり停滞する経済の新たな成長エンジンとなるほどの成果をあげられるかどうかは、予断はできない。成功の鍵となるソフトウエア技術をどれだけ短期間で向上させるかが大きな課題であり難題だ。

 解決方法はあるかもしれない。欧米諸国が求めているような経済や政治の透明性を高め、市場原理をさらに導入し、周辺諸国との紛争を解決することで米国と強固な信頼関係を築き、米国の支援のもとで中国のソフトウエア技術の向上が図れれば、もしかすると中国製造2025は大きな成果をあげられるかもしれない。今後中国政府は、名(中華思想)を取るか、実(イノベーションによる持続的な経済成長)を取るか、難しい選択を迫られるであろう。

 ちなみに、停滞する経済に対して痛みを伴う根本的な解決策を後回しにし、カンフル剤として無制限の資金を市場に導入し、見た目の経済成長を演出することで国民の人気を得ているのは中国共産党だけではない。 アベノミクスそのものでもある。新たなイノベーション、成長戦略なしで中国の政策やアベノミクスに持続性がないのは明らかだ。いつかは破綻する。しかし、アベノミクスで成長戦略を「第三の矢」と言っている割には具体的な戦略や計画が出てこない。イノベーションに国家の存亡がかかっている中国とは違い、アベノミスクが失敗しても首相の首が代わるだけの日本では、それほどの緊迫感、切迫感がないかもしれない。私の「予想」がはずれ、中国製造2025でとてつもないイノベーションが生まれた時には、日本は経済の規模だけでなく質の面でも追い抜かれるかも知れない。今後の成り行きが楽しみだ。我が社としても日本や中国、米国のどちらにも対応するというたくましさを持ちながら、イノベーションの創出に貢献していきたい。

プロフィール

1965年大阪生まれ。大阪朝鮮高級学校を中退後、大検を経て1984年京都大学工学部数理工学科に入学。同学科卒業後、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院機械工学科に留学し、1995年知能ロボットの研究で博士号を取得。その後、MIT情報技術研究センターの研究助教授(Research Scientist)に就任。1998年MITの同僚とともに、米国ボストン郊外で Soft Servo Systems, Inc.を設立。2002年に同社CEOに就任。2006年にソフトサーボシステムズ株式会社を浜松にて設立し代表取締役に就任、現在にいたる。

■ソフトサーボシステムズ株式会社
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Fax:042-512-5388

「科学と未来」第16号に掲載

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