ロボット革命はホンモノか
ソフトサーボシステムズ株式会社
梁富好(ヤンブホ)
連日巷ではロボットの話題で賑わっている。一時期騒がせた将棋やチェスでプロの棋士に勝ってしまう知能ロボットだけでなく、介護や医療、原発の廃炉等の現場で活躍するロボットやその研究成果がテレビに現れない日がないくらいだ。
IT業界の覇者であるグーグルは、ヒト型ロボットでは圧倒的な技術力を持つ東大発ベンチャー、シャフト社を始め、世界中でトップレベルの技術を持つロボット関連企業を買い漁っている。グーグルだけでなく、アップルやマイクロソフト、アマゾン、フェイスブックと言った米国シリコンバレーのトップ企業も、ロボットやAI(人工知能)に夢中になり、巨大な開発資金を投じたり、ロボット関連企業買収に躍起になっている。極めつけは、ソフトバンクの孫正義が、世界で初めてと言われる人の「感情」を理解するロボットを携えて、ロボット事業への参入を表明した。明らかに日米の大手IT企業の経営者たちは、インターネットやスマホに続く次の産業革命の主役はロボットだと確信している。
民間企業だけではない。各国政府もロボット産業を次の成長戦略の柱に立てている。米国オバマ大統領は国内製造業の再活性化を目指し、2011年にすでに「国家ロボットイニシアチブ」を発表し、民間への研究助成金として70億円の予算を投下し人間と共に働く次世代型産業ロボットの開発を推し進めている。日本の安部首相も、今年5月の経済協力開発機構の閣僚理事会で、「ロボットによる『新たな産業革命』を起こす」と宣言し、政府内に「ロボット革命実現会議」を設置した。中国指導部は、第12次5カ年計画で成長の質を重要視する中で、自国ロボット産業の育成を最重要課題として取り上げ、国を上げて後押ししている。
昨今のロボットブームは、一部の投資家には1990年代末期の米国ITバブルを彷彿させるかもしれない。ITバブルでは、収益もままならない「ドットコム」と呼ばれた新興ネット企業に多額の資金が投入された。結果的にバブルが弾け多くのネット企業が倒産し、バブルに乗ってしまった投資家が莫大な損失を被った。上述のグーグルが巨額な資金で買収したロボット関連企業も、ほとんどが製品開発段階の企業で、収益が成り立っていないのに関わらずロボット企業のオーナーたちは多額の売却益を手にした。シャフト社の創業者は、以前は小さな会社の廊下で布団を引いて寝ていたのに、今では六本木ヒルズに居を構えている。最近では、介護用ロボットスーツ「HAL」を開発した筑波大学発ベンチャー、サイバーダイン社が東証マザーズに上場した。しかし、サイバーダイン社は2004年に創業して以来、30億円以上の巨額の開発費が投入されたが、最近の売上は数億円にも満たず、黒字決算は一度もない。にもかからず、サイバーダイン社の株価は連日高止まりだ。それこそバブルの様相を呈している。
それでは、今のロボットブームは本当にバブルなのか、それともIT企業経営者や政府首脳たちが期待しているような次の産業革命になりうるのか。
ロボット研究に大学時代から携わり、現在もロボット産業の片隅で事業を展開している私の見解を言わせていただくと、ロボットは次の産業革命に十分になり得ると思うし、実際、すでに革命は始まっている。
一般に「ロボット」と言われるものはおおまかな区別をすると、「産業用ロボット」と「サービスロボット」に分けられる。産業用ロボットは自動車工場等、製造分野で使われる従来型のロボットが中心だ。サービスロボットには、医療や介護を助ける「介護ロボット」や、移動や歩行を助ける「パーソナルモビリティロボット」、各家庭の執事や家事手伝いのための「パーソナルロボット」、その他ペットロボットやアミューズメント、ホビー、清掃、警備等が含まれる。最近テレビ等で紹介される話題のロボットは、すべてサービスロボットに属する。
経済産業省によると、現在の日本国内のロボット産業の市場規模は8610億円程度で、その大半が産業用ロボットだ。しかし、今後急速に伸びていくのがサービスロボットとされており、今は1000億円にも満たない国内市場規模が、20年後には5兆円まで拡大すると見込まれている。産業用ロボット市場も大きく成長するが、同じ20年後は4.7兆円と見込まれており、サービスロボット市場に追い越されることになる。
従来型の産業用ロボット分野では、日本は世界を席巻するロボット大国である。世界の工場で稼働する産業ロボットの半分は、日本で生産されている。ファナックや安川電機等、日本のメーカが世界産業用ロボット市場のシェアの上位を占めている。ロボットの稼働台数で言っても、2012年の日本ロボット工業会の集計データによると、日本が31万台で、19万台である2位の米国を大きく引き離している。ちなみに3位がドイツの16万台で、4位が韓国の14万台だ。やはり産業用ロボットを最も必要とする自動車産業の規模にある程度比例していると思われる。
この分野で猛追撃しているのが中国だ。今や中国は、世界最大の産業用ロボット大国へと変貌を遂げようとしている。2015年にも中国は産業用ロボットの新規設置台数で日本を抜き世界トップになる見通しだ。人海戦術で「世界の工場」に成長した中国は、一人っ子政策による労働力不足や人件費の高騰に直面しおり、その座を東南アジアが脅かしつつある。
中国では、小型の多関節ロボットを1台導入すると作業員2人分の仕事を代替でき、2年で人件費分を回収できるという。若者人口の減少と人件費高騰に対応するため、中国政府は自国のロボット産業の育成に総力戦で臨もうとしている。産業用ロボットの活用で最先端の生産拠点へと脱皮するのが目的だ。
しかし、私は中国の産業ロボット技術が日本のレベルに達するには、官民あげての総力戦を展開したとしても、最低でも5年以上はかかるのではないかという印象を持っている。私自身も中国のロボットメーカからの引き合いで多くのメーカを回ってきたが、最近まで人海作戦に頼ってきた中国でのロボット産業は生まれたばかりで、技術もこれからだ。ロボットには減速機(関節)やモータ、センサーと言ったハードウエアの要素技術と、それを制御する制御ソフトウエアの要素技術、さらにそのロボットを工場のラインでどのように活用するかというアプリケーション技術の3つの要素技術が必要となるが、中国では最初のハード技術がようやく日本の5年前のレベルに追い付いてきたというのが実情だ。制御ソフトウエア技術やアプリケーション技術は、ようやくその重要性を認識し始めたというレベルだ。
それでは、日本は今後もこのロボット産業を主導していく主役となり得るのか。現在のところ、残念ながら答えは極めて「ノー」に近い。
確かに、日本は産業用ロボット分野では圧倒的な強さをもち、それは当面維持されるであろう。しかし、今後のロボット産業の牽引役は日本が得意とする従来型の産業用ロボットではない。ロボット産業を牽引するのは、次世代型の産業用ロボットと、サービスロボットだ。
従来型の産業用ロボットは、人の腕の形をしたマニピュレータとも呼ばれ、工場のラインのなかでケージに囲まれて人と隔離されたところで作業する。パワーとスピードでは人の能力をはるかに凌駕するが、決してそばで一緒に働きたいと思えるしろものではない。このような従来型の産業用ロボットは日本が得意とするものだが、国内市場はすでに飽和しており、今後10年間の市場成長率は年平均1パーセント程度である。
産業用ロボットで今後の主役となるのは次世代型の産業用ロボットだ。人と同じライン、同じオフィスに配置され、人と協調しながら仕事をする「コー・ロボット」(「同僚ロボット」)と呼ばれるものだ。安全性が保証され、人の音声認識や会話能力をもち、それなりの高度な「知能」を持って人との安全で且つ効率の良い共同作業を実現する。ハイパワーとスピードを誇り、周囲に人が近づかないことを前提とした従来型産業用ロボットとは異なり、コー・ロボットは人との共存を目指しており、設備ではなく「パートナー」なのだ。多品種少量生産の現場や、商品サイクルが短く付加価値の高い製品を作る現場では、従来は柔軟に作業内容を変更できる人の手に頼ってきたが、それを手伝い、または置き換えるのがコー・ロボットの役割だ。オバマ大統領が推し進めている「ロボットイニシアチブ」の主な助成金対象もこのコー・ロボットであり、コー・ロボットの最大のメーカは米国のバクスター社である。バクスター社は、マサチューセッツ工科大学で長年ロボット工学の教鞭をとっていた有名な教授が興したロボットベンチャー企業だ。
従来型産業用ロボットの国内市場規模は20年後には1.1兆円になると言われているが、コー・ロボット市場は1.6兆円になると試算されている。同じく20年後には5兆円になると見込まれているサービスロボットと合わせ、 今後20年間で合計6.6兆円の巨大な国内市場が新たに出現することになる。世界規模で言えば、その数倍規模の市場が誕生することになる。世界のIT企業の経営者が次のターゲットとして目指しているのも、この新規ロボット市場だ。
数年前までロボットといえば、従来型の産業用ロボットのことを指していたが、最近突如として次世代型産業ロボット(コー・ロボット)やサービスロボットが話題となり、ロボット革命の主役としてもてはやされている。その背景には、LSI(大規模集中回路)やメモリーを中心とした半導体技術の加速度的な向上とITやソフトウエア技術の躍進、ヒトの脳メカニズムの解明、そしてその結果として人工知能(AI)開発の推進が上げられる。
従来型の産業用ロボットは、人から隔離された場所で決められた作業を繰り返し行っており、そこには「知能」と呼ばれる要素はあまりない。しかし、人と接し、人との協調作業や柔軟な対応が求められるコー・ロボットや、各家庭に普及するパーソナルロボット等のサービスロボットでは、それなりの「知能」が必要である。
人工知能と言っても、やはりそれは人が研究開発し、人がソフトウエアとしてプログラミングするものだ。しかし、人間の考え方や知識、感情等をシミュレートしてロボットの頭脳として実現するためには、複雑な画像データや音声データを解析し、膨大なデータベースと照合しながら結論を出しモータ等を制御する巨大プログラムを瞬時に実行する必要がある。理論的にはそれらのメカニズムをある程度解明できたとしても、従来のLSI技術やソフトウエア技術ではそれを実現し実行することは不可能だった。しかし昨今の技術革新により、ロボットに搭載される程度の小さなコンピュータでも、そのような高速データ処理が可能になってきた。
つまり、ロボット革命の本質とは、半導体技術(LSIやメモリ技術)の向上とソフトウエア技術の発展により人工知能の研究開発が進み、その結果従来存在し得なかった次世代型産業ロボット(コー・ロボット)とサービスロボットが開発され、その需要が飛躍的に拡大することである。
ソフトバンクの孫正義が2010年に「次の30年の構想」を明かす発表会でこう語ったそうだ。「脳型コンピューターがモーターという筋肉と合体するとロボットになる。やがて知的ロボットと共存する社会になる」。そのときロボットビジネスの覇権を握るのは、モーターや部品をつくる電機メーカや産業用ロボットメーカーではなく、「脳をつくるところになる」。
グーグルがロボット関連企業を買い漁っているのも、10年後、20年後に成長するであろう巨大なロボットビジネスの主導権を握るのを目的としているのは明白だ。グーグルは、東大発の2足歩行ロボットのシャフト社や、マサチューセッツ工科大学発の軍事用4足ロボットのボストン・ダイナミックス等、次世代ロボット技術を全て取り込み、自社のもつ巨大なコンピュテーション力と、日々グーグル検索を使う10億人の膨大なデータを利用して開発を進めて行けば、知識だけでなく、心や感情を持つロボットは必ず開発できると信じている。さらに、各家庭や工場に普及するロボットの頭脳をサイバー空間上でネットを通して連携し、世界のロボットの頭脳を支配することを企んでいる。本当に恐ろしい企業だ。
多くの先進国では高齢者が増え、若年者が減っている。特に日本では、世界最速で高齢化社会を迎えるだけでなく、老朽化するインフラを点検・修理する労働力をどう確保するのか。ロボットこそが、問題解決のカギを握るのは明らかだ。
日本は長年の産業用ロボット技術の蓄積によって、ロボットに必要なモータや減速機、センサー等のハード技術は依然世界のトップレベルだ。しかし、ロボットの主役は日本が得意とするハードからソフトに移行し、シリコンバレーがこの分野に果敢に先行投資するなかで、日本の電機メーカや従来型産業ロボットメーカはこのままでは置いてきぼりにされるであろう。人々の生活様式に革新をもたらしたスマホでは、アップル社のiPhoneやグーグル社のアンドロイドのように、基幹ソフトや頭脳は米国が作り、ハードの機器は中国が量産する体制になったことで、一時期世界の携帯電話市場をリードした日本の携帯電話メーカは後塵を拝することになった。うかうかしていると、 ロボット分野でも同じことが起き、日本が世界のロボット革命から取り残されかねない。
前述したシャフト社の創業者は、六本木ヒルズで豪華マンションを充てがわれたものの、ほとんど留守にしているそうだ。結局きれいになった社屋のソファで寝泊まりしながら新技術の開発に没頭している。日本でも若手を中心に、柔軟な考えとソフトウエア技術を持ち、従来のロボットとは発想を異にした研究を続ける研究者が多く出てきている。ロボット革命は始まったばかりだ。既存大手メーカや資金力豊富な米国大手IT企業が必ず勝つとは限らない。それが「革命」であるもう一つの本質だ。在日コリアンの中からも、このロボット革命に果敢に挑戦していく若手研究者が出てくることを願う。
プロフィール
1965年大阪生まれ。大阪朝鮮高級学校を中退後、大検を経て1984年京都大学工学部数理工学科に入学。同学科卒業後、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院機械工学科に留学し、1995年知能ロボットの研究で博士号を取得。その後、MIT情報技術研究センターの研究助教授(Research Scientist)に就任。1998年MITの同僚とともに、米国ボストン郊外でSoft Servo Systems, Inc.を設立。2002年に同社CEOに就任。2006年にソフトサーボシステムズ株式会社を浜松にて設立し代表取締役に就任、現在にいたる。
■ソフトサーボシステムズ株式会社
〒190-0012
東京都立川市曙町3-4-3 ウェルダン武藤ビル
Phone:042-512-5377
F a x:042-512-5388

「科学と未来」第15号に掲載