エッセイ 第13回

エッセイ 第13回

スマホ時代の勝ち組は誰か

ソフトサーボシステムズ株式会社
梁富好(ヤンブホ)

 私は中国には出張でよく訪問するが、ここ数年の中国でのスマートフォン(以下スマホ)の普及には目覚ましいものがある。日本で電車に乗ると、ほとんどの乗客は携帯を取り出しその画面を見つめながら指を忙しく動かしている。私の最近の「調査」によると、乗客のうち約半分がスマホで残り半分が従来型携帯電話(ガラケーとも呼ばれている。以下ケータイ)であろうか。日本では若い人の中でも未だにケータイから卒業できない人が多い。中国ではあまり電車に乗る機会はないが、街中の歩行者やレストランの客のほぼ100%が、スマホの画面を熱心に見つめている。歩行者の場合、少々危ない気もするが。

 最近の新聞記事によると、今年1年間に世界で出荷されるスマホは9億台と言われている。そのうちの約3分の1である3億台が中国で消費されるらしい。もちろん、世界人口(約70億人)に占める中国人口(約14億人)の比率が高いこともあるが、それでも中国人のスマホ好きは尋常でない。誰も彼もスマホ画面を指でなぞっている。

 私が中国に仕事で頻繁に訪問することになったのはちょうど7年ほど前からだが、当時はスマホどころか、普通のケータイもあまり普及していなかった。ビジネスマンたちはもちろんケータイを使っていたが、普通の学生や若い社員が使えるほど安くて気軽に手に入るものではなかった。5年前に私がiPhone3を中国に持ち込んだ時は、私の回りで人だかりができたものだ。それが今では、より高機能なスマホが街中に溢れている。隔世の感を禁じ得ない。

 しかし、彼ら彼女らのスマホをたまに見せてもらうが、全く馴染みのないスマホが多い。私が生活や仕事の拠点としている米国や日本、韓国では、スマホと言えばアップル社のiPhoneやサムスン電子のギャラクシー、その他ソニーやシャープ、LG電子等の世界トップクラスの家電メーカのスマホのことを想定する。その中でもアップルとサムスン電子が圧倒的な競争力を持ち、今年世界で販売される9億台のスマホのうち、アップルとサムスン電子がほぼ半分を占める。しかし、中国ではそのようなスマホはそれほど見かけない。たまにお金持ちそうな人がiPhoneやギャラクシーを使っているのをみかけるが、普通の中国人はほとんど見たことも聞いたこともない「スマホ」を使っている。

 元々中国には華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)、レノボと言った、長年莫大な開発費をかけて技術力を磨いてきた老舗メーカが存在する。これらのスマホは機能的にも世界の大手メーカと較べてあまり遜色がなく、アメリカ等海外でも人気が高い。中国製品を好まない日本ではあまり見かけないが、世界のスマホ市場では10%程度を占めると言われており、シャープや富士通の日の丸スマホよりも圧倒的に売れている。私もアメリカで多くの友人が中国製スマホを使っているのをみかける。しかし、最近私が中国で見かけるスマホは、そのような「有名」な中国メーカのスマホではなく、本当にみたことも聞いたこともないブランドのスマホだ。

 その代表格が「クールパッド」だ。中国では人気が高いようだが、中国を出ると誰もその存在は知らない。実際、インターネットで「クールパッド」を検索しても、「クール(ひんやり)な敷パッド」製品がたくさん出てくるだけだ。でも、中国ではこのスマホがとてつもなく売れている。今年4月には、月間出荷台数が上記国内大手3大メーカを抑えて、サムスン電子に次ぐ国内ナンバー2になってしまった。あのアップルよりも売れている。実はクールパッド以外でも、中国にはシャオミ、オッポ、メイズと言ったわけのわからない新興メーカのスマホが人気を博している。

 クールパッドやその他の新興メーカのスマホが普及している最大の理由は、価格だ。サムスン電子やアップルの海外のトップブランドのスマホが600ドル程度で販売され、国内大手メーカの代表的なスマホが300~400ドルで販売されているのに比べ、新興メーカのスマホは大体100ドル前後で販売されている。大卒新入社員の平均月給が都市部でも500ドルとされているなかで、一般人にとり世界トップブランドのスマホは明らかに高嶺の花である。

 それではそのような新興メーカのスマホは、「安かろう、悪かろう」なのか。実際、知人に貸してもらい手にとって操作すると、結構立派なスマホである。一応スマホとしての機能は全て揃っており、カメラの画素数とか細かな仕様にこだわらない限り、十分過ぎるほど「スマート」なスマホである。

 これら新興メーカは、世界トップメーカから優秀な人材を引き抜き、類まれにみる製造ノウハウを持ち、莫大な開発費を投入することでスマホの低コスト化を実現させたのだろうか。答えはノーである。彼らには歴史も技術力もなく、開発資金も乏しい。ノウハウなんてなにもない。それでも立派なスマホを製造し、数年で国内トップブランドに踊りでた。それを可能にしたのは、スマホに関する源泉技術の寡占とハード部品のコモディティ化(汎用品化)だ。

 従来の携帯電話(ケータイ)は、様々な複雑で特殊な電子部品の集合であった。パナソニックやNECと言った世界を代表する家電メーカが、長年のノウハウと技術力、莫大な開発資金を総動員して初めて高機能なケータイを開発することができた。日本でケータイ全盛のころ、中国国内で有力なケータイメーカが現れなかったのは、そのためだ。当時中国のビジネスマンは、ノキアやモトローラ、サムスン電子等、海外トップメーカのケータイを使用し、日本ではパナソニックやシャープ等の高機能なケータイ(あとでガラケーと呼ばれるもの)が普及した。

 その後、iPhoneを始めとするスマホが登場したが、それでもスマホはアップルやサムスン電子、ソニー等、かなりの技術力と資金力がある大手メーカでしか開発できなかった。しかしスマホが普及するに連れ、スマホに関連する源泉技術が一分メーカに集約され、スマホはその部品を買って組み立てれば簡単に完成できるようになった。

 スマホにとって一番重要な部品は、システムLSI(大規模集中回路)とOS(汎用ソフトウエア)だ。システムLSIはマイコン(CPU)と通信に関する様々な機能が集積された半導体チップである。システムLSIにOSを搭載すれば、スマホの頭脳ができあがる。スマホ向けシステムLSIは米国クアルコム社が圧倒的なシェアをもち、最近では1−2世代前のLSI設計図を元に低価格システムLSIを製造している台湾のメーカーも健闘している。OSは、言わずと知れた米グーグル社のアンドロイドが業界標準である。しかも、アンドロイドは無償で提供される。クアルコムのシステムLSIにアンドロイドを載せれば、立派なスマホの根幹部分が低価格で出来上がる。しかも、スマホのほとんどの機能は、アンドロイドがソフト的に「スマート」に実現しているので(それがスマートフォンの名前の由来)、同じアンドロイドを採用している他の高級スマホ(サムスン製やソニー製)と機能的な違いはそれほど感じない。

 もちろん、スマホ製造はそんなに簡単ではない。システムLSI以外にも、無数の汎用電子部品が存在し、それらを繋ぐ回路図も設計しなければならない。あの小さなスマホの筐体に、これらの部品を配置する回路図を作成するにはかなりの技術力が必要だ。さらに、部品の選定も長年のノウハウを要する。しかし、最近はシステムLSIメーカが、自社のシステムLSI向けの回路図や電子部品リスト、さらに動作検証の方法まで、無償で提供するようになった。つまり、スマホ設計図をまるごと無償で提供している。スマホメーカ側は、外観デザインだけを作成すれば、その設計図を元に最新のスマホを簡単に低コストで製造できるようになった。クールパッドのような100ドルスマホの新興メーカは、このようなLSIメーカのスマホ設計図をそのまま活用することで、大した開発費を投じず短期間でスマホメーカになった。最近、北朝鮮でも初の国産スマホのニュースがテレビを賑わしたが、中国深センで会社設立してたった3ヶ月でスマホ製品を市場投入したという最近の日経新聞のニュースに比べれば、大したことはない。

 スマホでは勝ち組と負け組がはっきりしている。世界に誇る技術と開発力をもつパナソニックやNECがスマホから撤退する一方、技術力も資金もないぱっと出の中国新興メーカが世界市場で存在感を出してきている。ケータイからスマホへの転回をすぐにできなかった日本の家電メーカは明らかに負け組である。しかし、これらの新興メーカが勝ち組とは言えるだろうか。

 サムスン電子にしてもそうだ。確かに圧倒的な資金力と技術力で世界トップのスマホメーカに成長した。今でも世界市場でもトップシェアだし中国市場でもトップシェアを維持している。しかし、最近ではサムスンのスマホ事業にも陰りが出てきている。その最大の原因が、これら100ドルスマホによる市場侵食だ。スマホは先進国での需要が飽和し、今はインドや東南アジア等、巨大な新興市場に主戦場が移ってきている。これらの新興市場では、アップルやサムスン電子の携帯は高価過ぎて思うほど売れず、逆に新興メーカの100ドルスマホが非常に好調だ。サムスン電子も新興市場を攻略するために、低価格製品を導入しているが、その分利益を圧迫している。

 今後は新興メーカとトップメーカの激しいつばぜり合いが続くことになるが、お互いに体力を消耗しながら、大量のスマホが生産され出荷されていくことになるだろう。この争いに勝者はなく、あるとすれば、この両者にシステムLSIとOSを際限なく提供するLSIメーカとグーグルのことを指すだろう。

 今やスマホメーカは、スマホの頭脳を提供するシステムLSIメーカやグーグルの下請け企業のようなものである。クアルコムやグーグル社のくしゃみひとつで、スマホメーカの命運が決まると言っても過言ではない。特にスマホ設計図を丸投げしてもらっている新興メーカにとれば、システムLSI側の設計変更や仕様変更があれば死活問題になる。

 IT革命が進み、世の中がますますデジタル化されるに連れ、多くのハード製品や電子部品はコモディティ化されている。そこに付加価値が付きにくくなってきている。今後必要になるのは「知財」だ。グーグル社のアンドロイドというOSにしろ、クアルコムのシステムLSIも知財である。クアルコムはシステムLSIという半導体チップを提供しているが、クアルコムでは製造工場を持っていない。システムLSIの中身(=知財)だけを設計し、製造は台湾とかの大手半導体委託製造工場(ファウンドリー)で生産している。また、クアルコムはケータイやスマホに関する多くの特許を有しており、そのライセンスで巨額の収益を稼いでいる。日本を代表する半導体メーカであるルネサス社もスマホ向けシステムLSIを製造していたが、クアルコム社に足元にも及ばず、スマホ市場から撤退する羽目になった。

 デジタル化社会になればなるほど、知財という目に見えない財産が重要になってくる。高付加価値の知財があれば、数人の会社が世界を圧倒することも可能だ。今やスマホの標準ソフトウエアとなっているアンドロイドは、もともと8人だけのシリコンバレーのベンチャー企業が開発したOSだ。携帯電話やスマホの世界でトップに君臨するクアルコムは、20年前に数人のエンジニアで設立されたベンチャー企業だ。世界トップになるには、何も大きな工場もいらないし、長い社歴も必要ない。深く考えて斬新なアイデアを創出する力だけが必要だ。

 かくいう私の会社も、12人程度の小さな会社だが、運良く優秀なエンジニアが揃ってくれた。我が社は工作機や各種産業装置メーカ向けに、装置の頭脳にあたるモーションコントローラを開発・提供している。モーションコントロール(機械制御)は、従来専用プロセッサー(専用CPU)を用いることで実現していたが、それをソフトウエア化し、パソコンだけでモーションコントロール機能を実現したのが我が社の最大の「知財」だ。

 長年、その知財の価値がなかなか認められず苦労してきたが、最近になり、サムスン電子グループの半導体製造装置メーカが、当社の技術を採用することになった。つまり、サムスン電子の世界各地にある工場で稼働する何万台もの半導体製造装置に、我が社のソフトがその頭脳として今後使われることになったのだ。当然ながら、半導体製造装置の性能の良し悪しは、その頭脳であるモーションコントローラに左右される部分が多く、我が社ソフトの性能次第では、装置の最終製品であるギャラクシーや薄型テレビの半導体部品のコストや品質にも影響する。スマホと薄型テレビで世界シェアトップのサムスンに採用されたということは、その重責で身が引き締まる思いをするが、技術者としてはやりがいを感じる。

 我が社のモーションコントロールソフトは、サムスン電子グループによる採用を前後し、日本ではアドバンテスト(半導体検査装置世界最大手)やコマツグループの工作機メーカにも採用された。以前は、モーションコントロールは専用プロセッサー等の半導体部品が搭載された専用基板でしか実現不可能だと信じられ、ソフトウエアで機械を制御できるとは想定もできず、我が社のソフトウエア技術は大手メーカには見向きもされなかった。しかし、ハード中心のケータイからソフト中心のスマホに世代が変わったかのように、モーションコントロールの世界でも、ハードからソフトに風向きが変わってきたかもしれない。我が社も産業装置業界の「アンドロイド」を目指して行こうと思っている。

 今年は祐伸科学教育新興会の設立15周年にあたる。15年もの間、優秀な在日コリアンの科学者やエンジニア、プロフェッショナルを育成していくことに焦点を当てて奨学金支援してきた当振興会の意義は極めて大きい。私も我が社も、日の目を見ずに下積みで苦労してきた間、多くの支援と激励をいただいた。世界に通用する「知財」を創出するには、大学院時代を含めて恐ろしく時間がかかるものだ。多くの優秀な人材は、日の目を見ずして諦めてしまう事が多い。特に在日コリアンの中では、財政的な制約で途中で諦めてしまうケースが多々にある。そういう意味でも、当振興会と申相祐理事長のこの15年間の支援活動は特筆すべき偉業だと言える。今後は、当振興会で支援を受けた若手科学者、技術者から、次の「クアルコム」や「アンドロイド」が出てくることを切に願いたい。

プロフィール

※1965年大阪生まれ。大阪朝鮮高級学校を中退後、大検を経て1984年京都大学工学部数理工学科に入学。同学科卒業後、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院機械工学科に留学し、1995年知能ロボットの研究で博士号を取得。その後、MIT情報技術研究センターの研究助教授(Research Scientist)に就任。1998年MITの同僚とともに、米国ボストン郊外でSoft Servo Systems, Inc.を設立。2002年に同社CEOに就任。2006年にソフトサーボシステムズ株式会社を浜松にて設立し代表取締役に就任、現在にいたる。

「科学と未来」第14号に掲載

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