エッセイ 第11回

エッセイ 第11回

スマート時代のスマートな考え方

ソフトサーボシステムズ株式会社
梁富好(ヤンブホ)

 この秋、14歳になったばかりの息子が高校に入学した。アメリカはほとんどの州で小中高が5-3-4年制になっているので、14歳でも立派な高校生である。英語では「光陰矢のごとし」を「Time flies (時間が飛ぶ)」と表現するが、親としてはまさに14年間が飛ぶように流れた感じだ。

 息子の高校は、ボストン郊外にある全寮制の高校である。以前本誌に寄稿した拙文で、アメリカ各地にある全寮制高校(ボーディングスクール)における全人格教育、エリート教育に関して論評を書いたことがあり、当時多くの反響をいただいた。ますます日本語が怪しくなっている息子がそれを読んだとは思わないが、彼は多くの同級生が近くの高校に進学するにもかかわらず、敢えて友人がいない全寮制の高校を選んだ。親としてはボーディングスクールの魅力を机上では理解しつつも、いざ自分の息子がわずか14歳で親元を離れて寮に入ることに不安と寂しさを感じたが、息子の意思は強く、子離れできていないのは親の方だと改めて認識させられたものである。

 息子を親元から離れさすことの不安材料は無数にあるが、その中の一つが、息子をネット中毒から守れるかである。息子はここ数年、フェースブックやYou Tube等、ありとあらゆるネット上の便利なサイトにはまってしまっている。特にフェースブックは彼の日常生活の中核となっており、クラスメートや友人との付き合いはフェースブックなしでは成立しないほどだ。彼は真顔で、フェースブック創設者のマーク・ザッカーバーグを世界最高の天才と信じきっている。少し前まではMITでロボットを研究した私のことを尊敬してくれていたが、今では彼の私は尊敬者リストの下位に追いやられてしまった。

 当然のごとく、世の中の親たちからすると、子供をパソコンの前から離れなくするフェースブックは目の仇である。ほとんどの学校(小学校も含む)では、どのように子供たちをフェースブックから守るか、またはどのようにフェースブックと付き合うべきかというセミナーや相談会が人気を博している。厳しい親の監視下で、なんとかフェースブックと学業のバランスをとれてきた彼が、親元から離れてそのバランスが崩れはしないかと心配でならない。特にボーディングスクールでは、どのような理由であれ、学業の成績が悪くなれば「解雇」もありうるのでなおさらである。

 もちろんボーディングスクールでも、いろんな対策は講じられている。攻撃は最大の防御のごとし、宿題や課題を多く課すことでネットに費やす時間をなくそうとしている。また多くの高校では、寮でのインターネット接続にも「門限」を課している。たとえば息子の高校では、1年生部屋のネット接続は夜9時になると切断され、2年生の場合は10時、3年生は11時と、学年ごとにネット門限の時間が異なる。学校としては、強行策であるネットの強制遮断で、生徒たちをネット中毒から守ろうとしている。

 しかし、各学校でのインターネット防御壁を無意味と化したのが、2007年に登場したiPhoneだ。Apple社から販売されたiPhoneは、人々の生活様式を劇的に変化させた。パソコンやインターネットによって我々の世代の生活や仕事のあり方が激変したように、iPhoneは息子の短い人生の中でも最大の変化をもたらしたのではないだろうか。

 iPhoneは高速無線データ回線に常時接続されていて、24時間どこからでもインターネットを楽しむことができる。iPhoneはのちにスマートフォンと呼ばれるようになり、ライバルのGoogle社の「アンドロイド」という汎用ソフトを搭載したスマートフォンも続々と製品化され、今や空前のスマートフォンブームである。

 もちろんiPhone以前にも、オバマ大統領が愛用していることで有名な「ブラックベリー」のように、無線データ回線に常時接続された高機能携帯情報端末は存在したが、決して現在のようなブームにはならなかった。ブラックべりーは当時米国ビジネスマンの間で絶大なる人気を得て、一応スマートフォンと呼ばれていたが、あまりスマートという印象はしなかった。それに比べ、iPhoneやアンドロイド携帯がより「スマート」になった最大の違いは、ソフトウエアの力であろう。

 当時の高機能携帯端末は、ハードウエア部品の塊であった。もともと携帯電話というのは、様々な専用半導体や電子部品が集積されたシステムで、携帯電話上で動く携帯アプリも限定されたものしか搭載できなかった。初代スマートフォンのブラックベリーも例外ではなく、専用ハードと専用ソフトで構成されていた。今のスマートフォンは、Apple社のiOSやアンドロイドのような汎用ソフトを搭載しその仕様を全面公開することで、世界中で何十万種類という様々なアプリが開発され、それをユーザ自らダウンロードして楽しむことができるのが最大の魅力である。さらに、専用ハード部品を極限までに削減し、CPUや液晶など汎用的な部品のみを用い、低コストで大量生産できるようにしたのも大きな特徴だ。携帯電話やネット端末に必要な様々な機能を従来のようにハード部品で実現するのではなく、巧みなソフトウエアで実現することによって、ハード部品を無くし、高機能ながらも低価格化と小型化を実現した。まさにスマートなデバイスである。

 このように、スマートフォンの強みはそのソフトウエアにあるが、結果的にそれが産業界で地殻変動を起こしている。

 スマートフォンの普及にともない、従来型携帯電話で世界最大手のノキアがシェアを急速に落としていき、今やソフトウエア大手の米国マイクロソフト社に買収されるのではという噂が流れているほどだ。一昔前に唯一のスマートフォンであったブラックベリーも、iPhoneの登場とともに一気にシェアを奪われた。今ではオバマ大統領でさえiPhoneを使っている。Apple社やGoogle社の株価はどんどん上昇し、時価総額では日本が世界に誇るソニーやパナソニックといった大手電機・家電メーカが足元にも及ばなくなった。スマートフォンの汎用ソフト上で動作する様々なゲームが世界中で開発されほぼ無償で提供されるようになり、一時一世を風靡したゲームメーカの任天堂の業績は、急速に悪化している。工場を持たずソフトウエアの開発だけに専念しているソフトウエア勢力が、これまでの経済の発展を支えてきた巨大なハードウエア勢力を飲み込む勢いだ。この歴史の転換を最も印象付けたのが、Google社によるモトローラモビリティ社の買収である。

 モトローラモビリティ社は、世界で始めて携帯電話を商品化した米国大手半導体メーカモトローラ社の携帯電話部門である。終戦記念日に世界を駆け巡ったGoogle社のモトローラモビリティ買収のニュースは、スマートフォンブームで潤っていた世界のスマートフォンメーカに心停止を起こすほどに十分に衝撃的であった。

 Google社はもともと、勢いを増すApple社に対抗するために、自らはスマートフォンを製造せず、スマートフォン用汎用ソフトであるアンドロイドの開発に特化し、それを無償で各携帯メーカに提供している。携帯メーカにとれば、開発に最も知恵とコストがかかる汎用ソフトを無償で使えるので、サムスン電子はじめ世界中のハードメーカはこぞってアンドロイド携帯を製造し、今やApple社のiPhoneとスマートフォン市場を二分するまでに至った。今回のGoogleによるモトローラモビリティの買収は、今後Google自身がスマートフォン製品を開発し市場に投入するということであり、それ以上にメーカ各社を怯えさせたのが、Googleがアンドロイドをライバル各社に無償で提供するのを止めるのではないかということである。

 このニュースでもっとも衝撃を受けたのは、言うまでもなく、アンドロイド携帯で世界最大手のサムスン電子である。サムスン電子は今年に入り世界的な薄型テレビの価格低迷で大きな損失を被ったが、それを補ってあまるほどの利益をもたらしてきたのが、携帯電話事業である。その中でも、アンドロイド携帯ではその斬新な機能とデザインで世界市場を席巻し、一気にトップメーカとなった。しかし、今回のGoogle社のスマートフォン市場参入によって、サムスン電子の今後の雲行きが一気に怪しくなった。IT関連で天下無敵だった世界最大ハードメーカであるサムスン電子ですら、その運命はGoogle社の前では風前の灯だ。私の昨年の本誌での拙文では、どれだけサムスン電子が成長著しいすばらしい会社であるかを自らの事業経験に基づいて書いたが、今の時代、栄枯盛衰のサイクルはあまりにも短い。

 余談だが、もともとアンドロイドという汎用ソフトはGoogle社が開発したものではなく、アンドロイド社というシリコンバレーの社員8人だけの小さなソフトウエア会社が開発した携帯電話向けソフトウエアである。アンドロイド社は2005年にGoogleによって買収されたが、実はその前年には当時アンドロイド社社長がサムスン電子を訪問し、アンドロイドソフトのプレゼンを行い、サムスン電子に事業提携を持ちかけた。しかし、サムスン電子は「8人で開発したソフトには興味がない。自分たちは携帯電話開発に2000人を投入している」と言い、追い払ってしまった。数ヵ月後同じプレゼンを聞いたGoogle社はすぐに買収を決め、今に至っている。自らのハード技術への過信や驕りにより、致命的な経営ミスを犯したと言える。

 今の時代、「スマート」と称する製品が市場に溢れ、ありとあらゆるところでソフトウエアが今までの生活様式や社会のあり方に変化をもたらしている。今回の東日本大震災で一気にその重要性が注目されているスマートグリッドには、通信機能を備えたスマートメータと呼ばれる電力メータが用いられるが、そこにも様々なソフトが搭載されている。スマートグリッドの中核デバイスであるPCS(Power Conditioning System=電力制御装置)も、従来の電力制御電子部品で構成されたいた専用装置から、汎用CPUを用いたソフトウエア制御によるスマートPCSに移行している。テレビやデジカメ等のデジタル家電にも「スマート化」が押し寄せている。各種スマート家電では、より汎用化、標準化するハードでは差別化できず、ソフトウエアのよしあしが各製品の優劣を決めていく。電気自動車も、各種制御ソフトウエアの集合体だ。車の電気化、ソフトウエア化により製造工程がより簡易化され、自動車市場の参入障壁が一気に下がった。今後「スマート自動車」の汎用ソフトウエア会社が現れ、トヨタがサムスン電子と同じ目に合う日が来るかもしれない。

 実はかく言う私も、自分の知らないうちにスマート化の「先駆者」であったと最近気づいた。何度か本誌で紹介させていただいている我が社(ソフトサーボシステムズ社)は、工作機や産業ロボットを制御する制御装置(NC装置)を開発して装置メーカに販売しているが、もともと私がマサチューセッツ工科大学に在籍中に開発した「ソフトモーション」という技術が基本となっている。ソフトモーションは、パソコンで走る汎用ソフトウエアだけで複雑な機械制御を実現する特殊な技術である。従来、ファナック社とか三菱電機社で販売されている工作機メーカ向けのNC装置は、複雑な機械制御演算を高速で実行するために、高価で高機能な専用プロセッサーや多数の半導体・電子製品で構成されている。製品価格も50万円から200万円もするものまである。しかし、当社の技術を使えば、5万円程度の廉価パソコンに当社ソフトウエアを搭載するだけで、一切専用ハードや部品を必要とせず、高価なNC装置と同じ機能、またはそれ以上の機能を実現することができる。今にして思えば、「スマートNC」と名づければよかったと後悔している。

 5-6年前に日本で販売を開始した際は、「ソフトウエアだけでNC制御ができるなんてありえない、信じられない」という市場からの冷たい反応で苦労を強いられたが、今ではパソコンの演算能力が上がったこともあり、「ソフトウエアだからこそできるよね」という暖かい反応が増えてきた。特に最近の各種デバイスのスマート化、特にiPhoneやそれに続くiPad製品の普及にともない、ソフトウエアだからこそ実現可能なさまざまな機能やメリットを実体験している世代が増え、当社技術への理解も深まり収益も増えるのではないかと皮算用している。

 今後ますます社会はあらゆるところでスマート化するであろう。スマート化時代の勝者はまぎれもなく、ソフトウエア技術を持つものである。ハード技術に傾倒してきた日本や韓国は、今後ますます厳しい戦いを強いられる。ソフトウエアというのは、数学的思考能力と独創性の両方が必要だ。幼稚園から大学に至るまで、数学を中心にカリキュラムが組まれ、数学的思考能力、論理構築能力を体に覚えこませ、さらに独創性を重視する教育環境で育ってきたアメリカの若者は、常に世界のソフトウエア業界をリードしてきた。それに比べ、公式の丸暗記中心の形ばかりの数学教育しか施されず、さらに他者と同じことを良しとし出る杭が打たれる日本や韓国の教育や企業文化からは、AppleやGoogle、フェースブック等の企業は現れにくい。

 今年の東日本大震災でも、いろいろ考えさせられることがあった。福島原子力発電所での災害時に、日本はロボットを送り込むことができなかった。日本は自他共に認めるロボット大国であり、産業用ロボットだけでなく、ヒューマノイド型ロボットの開発で世界を圧倒している。今や日本では、ダンスをしたり受付嬢をしたり開発者と同じ顔のロボットがテレビを賑わさない日はない。しかし今回の福島原発で見えてきたのは、日本の研究者が人間にそれらしく見えるロボットに血眼になり、ドアを開けたり瓦礫を拾うという現実的な問題解決ロボットの開発をおろそかにしてきたことだ。日本では、ホンダが人間型歩行ロボット「アシモ」を1996年に発表して以来、日本中に研究者が人間型ロボットの開発に夢中になってしまった感がある。しかし、それらのロボットは、ドアを開けるという基本的な作業においては幼稚園児にも及ばない。過去15年、日本のロボット研究は大きな間違いを犯してきたのではないかと感じられる。自由な発想、独創的で長期的視野にたったアイデアや構想を練るという文化が、この国にはまだ根付いていない気がする。

 スマート時代にはスマートな考え方が必要だ。従来の考え方にとらわれず、冒険心を持って自由な発想でものごとを考えることが重要だ。私も10年以上前から常に第一線でスマートなソフトウエア開発に携わってきたが、今後はスマート世代の育成に微力ながら貢献したい。次世代の若い在日コリアン技術者、研究者から、既存大手企業を飲み込めるほどのスマート製品を開発するものが現れることを切に願っている。

プロフィール

※1965年大阪生まれ。大阪朝鮮高級学校を中退後、大検を経て1984年京都大学工学部数理工学科に入学。同学科卒業後、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院機械工学科に留学し、1995年知能ロボットの研究で博士号を取得。その後、MIT情報技術研究センターの研究助教授(Research Scientist)に就任。1998年MITの同僚とともに、米国ボストン郊外でSoft Servo Systems, Inc.を設立。2002年に同社CEOに就任。2006年にソフトサーボシステムズ株式会社を浜松にて設立し代表取締役に就任、現在にいたる。

「科学と未来」第12号に掲載

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