リーマンショック後の韓国経済の底力と急伸する技術力
マサチューセッツ工科大学
梁富好(ヤンブホ)
世界最大の自動車市場である中国で、最近異変が起きた。2010年度上半期の販売台数で、韓国の現代グループが初めてトヨタを追い抜いたのだ。現代グループ(現代自動車と起亜)の中国での上半期販売台数が約49万台で、それに対しトヨタの販売台数が約36万台。実に13万台も上回った。
リーマンショック後の世界同時不況で、自動車業界は暴風雨に見舞われた。アメリカではビックスリーが軒並み大打撃を被り、世界最大の自動車メーカであったGMは、倒産・国有化に追い込まれた。GMに代わりトヨタが新たな自動車業界の覇者として君臨するものと思われたが、アメリカでのアクセルペダルやブレーキの不具合隠しとその後の大量リコール等の不祥事で、大きく後退した。世界市場をリードしてきた日米自動車メーカが不遇の憂き目に遭っている中で、ひそかに急成長したのが現代自動車である。日本市場ではあまり現代グループの自動車が普及していないので実感がわかないかもしれないが、私の住むアメリカでは、一時期米国市場を席巻したトヨタ・カムリやホンダ・アコードと対等に評価され急速に普及しているのが現代自動車のソナタである。
一昔前は韓国産自動車は安かろう、悪かろうというイメージがあったが、今では日本の自動車メーカと同等なブランド力を勝ち得ている。私は1989年に渡米した際、初めて見る韓国産自動車に民族心(または好奇心?)が湧き上がり、中古の現代自動車の小型車を購入したが、すぐに自分の中途半端な民族心を恨んだ。燃費は悪い、エンジンは良く止まる、毎月どこかが故障し、修理代だけで同じ車が何台も買える状態だった。当時は現代(Hyundai)ブランドは最悪のブランドだった。あの時代を思えば、まさに隔世の感がある。
自動車だけでなく、韓国企業は半導体や携帯電話、液晶テレビ等のデジタル家電、IT業界で世界をリードしている。その中でもサムスン電子の成長は突出していて、リーマンショック後の不況の中でも果敢に設備投資を行い、ライバル各社よりもいち早く成長軌道に回復した。今や花形市場である液晶テレビ分野ではすでにサムスン電子やLGが、日本が誇るソニーやサンヨーを凌駕し世界市場のトップブランドとしての立場を獲得している。それだけでなく、次世代の主流機種と言われているLEDテレビでは、いち早い設備投資と先行開発のおかげで、すでに韓国メーカが世界市場を大きくリードしている。韓国独自のオーナー経営体制による攻撃的とも言える経営によってなせる業であり、官僚主義的な日本の大手電機企業はサムスン電子には追い付けないだろう。
余談であるが、現在、デジタル家電市場ではスマートフォンが世界で大流行しており、その先陣を切ったのが米国アップル社のiPhoneであるのはよく知られている。アメリカの多くのユーザと同じように、私たち家族(私、妻、長男)ももはやiPhoneなしでは生きていけない状態になってしまっている。あまりにも便利な機能が豊富で、楽しすぎる。そのiPhoneの最新版のiPhone 4は、発売開始した今年6月以降、爆発的な売れ行きを示している。急成長しているスマートフォン市場で、iPhoneが一人勝ちの様相を呈している。その新型iPhone 4の人気の秘密は、我が家が使っている前機種(iPhone 3G)に比べて機能や性能、画質が大幅にアップしたことであり、その中核をなすのがApple A4という超高性能CPU(中央演算装置)と超高画質液晶ディスプレーだ。このA4を生産・供給しているのがサムスン電子であり、高画質液晶ディスプレーは韓国LG社製であることはあまり知られていない。その他にも、iPhone 4の中には、韓国企業が提供している半導体部品が多く詰め込まれている。iPhoneだけでなく、多くの米国ブランドや他国ブランドの人気デジタル家電製品は、サムスン電子やLGが供給する部品なしでは成り立たないと言っても過言ではない。私としては、いち早くiPhone 4を入手し、iPhone 4に完全にはまってしまうであろう長男に対し、中身がほとんど韓国製であることを「ばらす」ことで、思考パターンやアイデンティティがアメリカ人になりつつある彼に少しでも韓国人としての自負心が芽生えてくれればと切に願っている。
さて、このエッセイのテーマは、韓国企業の業績や我が家の民族アイデンティティ崩壊の危機ではなく、私自身がここ数年間の企業活動のなかで直に見てきた、韓国企業の底力や成長の秘訣、構造的変化、技術力の向上とかを主に語りたい。
実は本誌「科学と未来」の第8号(2007年発刊)に寄稿させていただいたエッセイの中でも、サムスン電子に関していろいろ書いた。エッセイのタイトルはずばり「サムスン電子と源泉技術」で、主にサムスン電子がどれだけすごい企業なのかを説明しながらも、「ものづくり」における源泉技術の欠如を主なテーマとして書いた。半導体部品やデジタル家電分野で世界トップの座に君臨している企業でありながらも、それらの製品を製造している工場内の工作機械、半導体製造装置はすべてアメリカや日本製であり、ものづくりの源泉技術であるそれらの製造装置や機械制御の技術力は一朝一夕で身につけられるものではなく、今後も日本やアメリカの優位性は崩れないだろうと書いた。さらに、今後中国や他の新興市場の中で、以前のサムスン電子のようにカネにモノを言わして大量に設備投資してくる企業が現れれば、薄利多売の半導体業界の中でサムスン電子の立場が揺らいでくるのではないかと、「警告」まで発してしまった。
その後、サムスン電子はどうなったのであろう。リーマンショックの後、一部金融市場を除き、それまで世界をリードしてきたアメリカや日本、欧州がまだまだ経済危機の打撃から本格的に立ち直れていない中で、いち早く立ち上がったのが中国と韓国である。日本が少しでも経済回復の兆しがあるとすれば、それは中国と韓国の積極的な設備投資の恩恵と言っても過言ではない。中国経済の急速な回復は、不動産バブルと政府支出による莫大な市場への資本投下によるものであることは周知の事実だ。韓国でも政府による資本投下はあるにしろ、やはり韓国経済の急速な回復を牽引したのは、サムスン電子とLG電子という民間企業であるのは言うまでもない。特にサムスン電子による2010年の設備投資予定額は160億ドルにも上り、小国の国家予算に匹敵するほどだ。日本の大手メーカがまだまだ本格的な設備投資を渋っている現状と比べて、驚異的な数字である。
サムスン電子は、前述のスマートフォンやLEDテレビ等、次から次へと半導体製品や革新的なデジタル家電製品で世界市場を席巻し、他を寄せ付けない設備投資戦略、成長戦略のもとで、世界トップの立場をより強固なものにしている。日米のライバル企業が追いつけないだけでなく、中国等の新興市場からはライバルとなりうる企業は、まったく現れてこない。私の3年前の予想はまったく外れてしまったわけだが、私自身、ここ数年企業活動の中で韓国に足繁く通いながら、多くの変化に気づいた。一番大きな変化は、日米が独占してきた「ものづくり」における源泉技術が、この国で芽生えてきたということだ。
私は現在、マサチューセッツ工科大学で講師という職責を担いながら、ソフトサーボシステムズ社というベンチャー企業を経営している。わが社は日本(浜松)とアメリカ(ボストン)に開発拠点を持ち、主に産業ロボットや福祉ロボット、工作機械、半導体製造装置、液晶製造装置の頭脳部分に当たる制御ソフトウエアを開発し、各機械メーカに提供している。わが社製品では、他社の制御製品とは異なり、低価格ながらも限りなく進化しているパソコンCPUを用いることで、専用プロセッサーを用いる従来の大手製品では実現出来なかった高速で高精度な制御演算を可能にしたことだ。それを実現するには、特殊なソフトウエア技術と高度な機械制御理論やアルゴリズムが必要になるが、それがわが社のオリジナル技術力であり強みである。わが社の制御ソフトウエアを用いると、高価な専用装置で製造装置の制御を実現していたのが、通常の低価格のパソコンだけでそれ以上の制御性能を実現することができる。
携帯電話や液晶テレビ等、デジタル家電が年々進化し、小型化・集積化するに従い、それらを製造したり加工する製造装置や産業ロボットもより高速化、高精度化が要求されている。各装置メーカではサムソン電子やソニー等の顧客からの要求に応えるため、より高精度で複雑な装置を開発しているが、その装置の中核となり性能を左右するのが制御ソフトウエアだ。一昔前は、各装置メーカ独自でこのような制御ソフトウエアや制御装置を開発してきたが、製造装置が複雑になるに連れて自前での開発が不可能になり、わが社のような制御ソフトウエア専門企業にアウトソーシングするようになってきている。わが社では、今まで日米を中心とする大手装置メーカの制御ソフトウエアの開発を手がけてきて、サムスン電子やトヨタ等、世界中の製品工場で多くの製造装置や工作機械、産業ロボットの頭脳としてわが社ソフトウエアが稼動している。
わが社は1998年にマサチューセッツ工科大学の同僚らとボストン近郊で創業し、当初はアメリカの工作機メーカや半導体装置メーカを対象に営業をしていた。その後、世界のものづくりの拠点が欧米からアジアに移るにつれ、日本の装置メーカの技術力と需要が相対的に伸びていくなか、わが社製品も日本の装置メーカからの引き合いが多くなってきた。それにともない、日本にも拠点を設けて、現在では日本法人に本社機能を移した。このように、創業して以来ずっと日米の装置メーカや機械メーカが主な販売先であったが、リーマンショックをきっかけに、構造変化が起きた。
リーマンショック後の世界同時経済不況のなかで、世界中の大手製品メーカが設備投資を凍結し、これらのメーカに製造装置や工作機械を販売してきた各装置メーカや機械メーカは壊滅的な打撃を受けた。わが社の制御ソフトウエアを長年購入してくれていた米国や日本の工作機メーカや装置メーカの中には、倒産するところもあり、わが社も売り上げ激減という憂き目に遭った。日本や米国からの受注が激減し、中には消滅するなかで、昨年下半期から韓国からの引き合いが激増してきた。今でも日本や米国装置メーカからの受注が十分に回復していないなか、韓国国内の装置メーカからの引き合いや注文が相次ぎ、それでなんとかわが社もこの不況期を生き抜くことができたといえる。
わが社だけでなく、日本国内の多くの装置部品メーカは、国内市場が萎んで回復していない状況のなかで、「韓国特需」に沸いている。特にどのような機械でも必ず必要とされる電気モータのメーカは、2009年は大不況の中でリストラや事業縮小に追い込まれたが、2010年に入りいきなり韓国からの引き合いが急増し、今では工場でのモータ生産がまったく追いつかず、逆にお客さんに何ヶ月も待たせてしまうという深刻な問題が発生している。
もちろん、これらの「特需」は、サムスン電子やLG等の大手企業による莫大な設備投資によるものだが、従来は、サムスンが購入する製造装置やロボットはほとんど日本メーカの装置であった。なので、本来ならサムスン電子の設備投資の多くは日本の装置メーカ市場に投入され、日本の装置メーカが潤うはずだ。しかし現実は、日本の装置メーカ市場はまだまだ停滞気味で、急成長しているのが韓国国内新興製造装置メーカである。
3年前のエッセイでは、韓国にもものづくりの源泉技術である半導体製造装置等の国産化が一部進められているが、まだまだ日米との差は大きく、サムスン電子も系列子会社が作る製造装置を採用せず、日米産の製造装置だけを工場で稼動させていると書いた。あれから三年、特にリーマンショック以降、その構図が覆ったかのように見える。
韓国国内の「弱小」製造装置メーカは、その後たゆまない技術習得と積極的な開発投資によって、日米の製造装置と遜色のない装置を開発できるようになった。今ではサムスン電子もLGも、日本や米国から高価な製造装置を購入するのではなく、低価格で融通も利く国内産(多くは系列子会社)の製造装置を採用するようになってきた。半導体や液晶テレビの世界最大メーカがサムスン電子とLGであることは、サムスン電子とLGが世界で最大の製造装置ユーザであり、顧客である。これらIT企業の莫大な設備投資枠のなかで、源泉技術を身につけた韓国国産製造装置メーカが急成長し、力をつけ、日米装置メーカが長年独占してきた世界製造装置市場に大きな地殻変動をもたらした。
もちろん、一朝一夕にして逆転が起こるほどこの世界は単純ではなく、まだまだ高機能で高付加価値な半導体製造装置は、日米企業が優位性を保っている。サムスン電子も、普及型の製造装置は廉価な国産装置を採用しているが、やはり高機能なハイエンド製品は日本や米企業の装置を採用している。また、韓国国産といっても、製造装置に必要なモータは圧倒的に日本製のものが多く、さらに装置の頭脳部分であり中核となる制御ソフトウエアは、わが社製品を含めアメリカや日本製が採用されている。これらはものづくりの源泉技術のさらに源泉であり、まだ韓国が追いつくには数年以上かかるであろう。ただ、私の3年前の予想が覆ったと同じように、数年のうちには韓国の技術力がさらに向上し日米に追いつくかもしれない。
韓国企業の、日本に追いつこうとする執念はただものではない。特に韓国が世界に誇る半導体やデジタル家電業界では、製品市場では完全に日本を追い抜いたが、源泉技術とも言える製造技術でもなんとか日本に追いつき追い抜こうと必死だ。今回のリーマンショクで日米企業が体力的に疲弊しうろたえている時期に、製造技術習得のたゆまない努力とサムスン電子等の莫大な設備投資があいまって、製造装置市場で大きな構造変化が起きた。わが社は創業以来、「人民の要求」に応えて求められる市場に合わせて本社を移して来たが、そろそろ韓国に本社を移すべきではないかとも考え始めている。
源泉技術の国産化に執念を燃やしている彼らからすると、ものづくりの源泉技術の源泉とも言える機械制御ソフトウエアはのどから手が出るほどほしい技術なはずだ。幸運にも、わが社の制御ソフトウエア技術はアメリカ(マサチューセッツ工科大学)で開発され日本市場で成長したものの、在日コリアン2世である私が開発した技術なので、「半国産化」技術と考えてくれる企業が多く、非常に営業がしやすい。私は韓国に営業出張するたびに自分が「韓国人」であることをことさら強調することで、「半」ではなく「純国産」であることをしたたかにアピールし、彼らの国産化へのこだわりを刺激している。私としては今後も技術開発のレベルを上げて行き、韓国国内でデファクトスタンダードな制御ソフトウエアになればいいなと、商売根性たくましく密かに願っている。
さらに韓国では、日本が世界市場の7割を占めている産業ロボットや、日本の今後の成長戦略の中核となっている介護・福祉分野で大きな役割を果たすと思われている介護ロボットでも、国を挙げて日本に追い付こうと必死だ。労働コストが急上昇している中国では今後産業ロボット市場が急激に成長すると思われ、また超高齢化社会に突入する日本や欧米諸国では介護ロボットの需要が高まると期待されている。ロボットは日本の「聖域」であるが、韓国メーカの世界戦略のなかで、各国内メーカも政府とタッグを組み、虎視眈々とこれらのロボットを今後の成長市場をターゲットとして捉え、技術開発を急いでいる。私自身マサチューセッツ工科大学で長年ロボットの研究をしてきたこともあり、わが社も数年前から産業ロボットや介護ロボットの技術開発を進めてきた。今後は半導体製造装置市場だけでなく、各種ロボットの制御ソフトウエアでも日韓の企業との提携し、今後急成長する世界市場でリーダー的役割を果たして生きたい。
やはり、オリジナル技術、他に真似されない技術を持つのはすごく重要だ。わが社のような小さな会社でも、オンリーワンの技術を持っているかぎり、大手企業に飲み込まれず堂々と戦える。NPO祐伸科学教育振興会から支援を受けている在日コリアン技術者たちも、今後アカデミアに進もうがビジネスに進もうが、常にオリジナルティや創造性(できれば有用性も)を意識して勉学や研究に励んでもらえればと思う。聞くところによると、先日テレビ東京の「カンブリア宮殿」に孫正義が出演し、自身の成功で在日の人達 に規範を示したかったと発言したらしい。今後も次世代の在日コリアンの規範になるような人材がどんどん出てくることを切に願う。
梁 富好 プロフィール
1965年大阪生まれ。大阪朝鮮高級学校を中退後、大検を経て1984年京都大学工学部数理工学科に入学。
同学科卒業後、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院機械工学科に留学し、1995年知能ロボットの研究で博士号を取得。
その後、MIT情報技術研究センターの研究助教授(Research Scientist)に就任。1998年MITの同僚とともに、米国ボストン郊外でSoft Servo Systems, Inc.を設立。
2002年に同社CEOに就任。2006年に日本法人ソフトサーボ株式会社を設立し代表取締役に就任。
現在、MIT機械工学科非常勤講師を兼任。
「科学と未来」第11号に掲載