浦井崇

「ベイブルース 25歳と364日」~連鎖する魂~

浦井 

 映画「ベイブルース」は非常にリアルな青春映画である。
 なぜなら本作で描かれている内容は全て実話で、高山知浩監督本人が体験した出来事を綴ったものであるからだ。 ではなぜこの実話映画がこれほどエモーションを掻き立てる作品に成り得たか?と言うと話はそう単純では無い・・・。
 それはこの映画の主人公である「河本栄得」の異常なまでの向上心とそれに一切歯向かう事無く、我を捨ててとことん食らいついていった「高山知浩」という希有な人間がいたからに他ならない…。この作品は一種異様とも複雑とも言える関係性を結んだ 男達の奮闘を描いた物語で、ただ真っ直ぐな青春映画とは一線を画す。
 時は1989年春、大阪は心斎橋2丁目劇場。そとでは「大阪NSC7期生 卒業公演」が開催されていた。
 なぜ私がそこにいたかというと、その年から彼らの後輩にあたるNSC8期に入学が決まっていたからである。偵察がてらに、「1年先輩の芸がどんなものか観たろうか」という上から目線のものであった。(芸人前夜は大体こんなもんです)当時から高校生漫才の「トゥナイト」 (現なるみさんのコンビ)と「ベイブルース」の名前はちらほらとマスコミに登場していて私のお目当てもこの二組であった。卒業公演なので、選抜もなくお世辞にも大爆笑の連続とはいかなかった場内の空気を一変させたのはやはり「ベイブルース」であった。この中では「ベイブルース」が群を抜いて完成されていた。ずっと不機嫌な顔で漫才をする河本さんのインパク卜とボケの多様さにも驚かされたが、一番印象に残っているのは高山さんの絶妙なタイミングのツッコミであった。そこが他の卒業生とは大きく違っていたと記憶している。その理由はこの作品を観て納得ができる。「お前は俺の精密機械になれ!」…目的があったとはいえ、誰がこんな台詞を親友に言えるだろうか?河本さんの異常性が浮き彫りとなる。しかし言う方もあっぱれだが、それを受け入れ、他者の精密機械になる為に努力をした高山さんもまたあっぱれなのである。言葉を選ばずに言おう「ネジ が一本外れている」のである。この特殊な関係性がこの作品の肝となっているのは間違い無い。「ベイブルース」と同じ舞台に上がっていた頃、ネタの出番直後、楽屋の角や階段の踊り場で河本さんにダメ出しを受ける高山さんを良く見た。高山さんはそれを辛い顔もせず当然の様に受け入れていた。

 では河本栄得という人聞が普段から他人に厳しく怖い人間であったか?と言えばそうでもない。「お調子者で情に脆い」という関西人が大好きな性格も持ち合わせていた。貧乏な後輩芸人を見つけては声を掛け、飲みに連れていっていた。私もそのうちの一人なのだが…そして行くのは、いつも焼肉屋であった、一度焼肉屋を3軒ハシゴした事もあった。しかも自分はあまり箸をつけず、我々後輩ばかり肉を食わせていた。そしてその光景をビールをグビリとやりながらニタァ~と笑うのである。当時は「なんでこんなに可愛がってくれるのかな?」としか思っていなかったが・・・その理由もこの作品の中で知る事となる。
 こんな事もあった…その日も芸人仲間と飲み歩き道頓堀で街行く女の子を鑑賞していた時、ホームレスのおっちゃんが、我々に近づいてきた。おっちゃんは「兄ちゃんら、タバコ一本ちょうだい」と申し訳なさそうに言って来た。我々が一瞬躊躇していると。河本さんがおもむろに鞄から、さっき買ったばかりのタバコ1カートンをおっちゃんに渡した。おっちゃんは「おおきに」と言って何度も礼をしながら去っていった。誰かが「河本さん優しいな~」とつぶやくと、河本さんがボソッと「出て行った親父と同じ歳くらいやったから…」 と照れて言った。河本栄得とはこんな男なのである。 河本さんの父親への想いも作品中に描かれている。

 格好良いところばかり紹介するのも公平では無いので、ダサいエピソードもひとつ…。
 河本さんは通常時は非常に紳士的だが、お酒が進んでくると少しHになる特性を持っていた(まぁ、みんなそうか)、飲みの席にいる全ての女性にモテたいと言う欲望がムクムクと沸き上がる。そこで我々後輩を使いカラオケで上田正樹さんの「悲しい色やね」を歌わせサビの部分の「大阪ベイブルース~」 のタイミングで「はーい」と可愛く立ち上がり頭を掻いて照れて女の子から「カワイイ~」となる「河本一人勝ちパターン」というのが鉄板であったのだが、その日歌を担当した若手があまりにも音痴過ぎて、それで笑いをとってしまい、河本さんの見せ場が全く受けないという自体が起こる。 さらに河本さんが気に入った女子が事もあろうに音痴芸人に惚れてしまうという悲劇が起こった。河本さんは怒りを隠しながら音痴芸人に「悲しい色やね」の歌い方を延々と指導し、とうとう女性陣がしらけて帰ってしまった。そこで河本さんが「女って面倒くさいのー。男だけが一番や!」と一言。ほとんど寅さんの世界である。
 そんな相方を亡くし、高山さんは孤軍奮闘した。ベイブルースの看板を背負いながら、河本さんの無念を一人で背負いながら・・・。その辺りは私には語れない。想像も絶する悲しみと苦しみを隠しながら生きてきたはずだ。 しかしこれだけは言える「河本さんの精密機械になれるのは高山さんしかいなかった」と・・・。 そして監督の想いは全てこの作品に詰まっている。
 最後に今回高山さん役の波岡一喜さん、河本さん役の趙珉和さんの鬼気迫る演技にも賞賛を讃えたい。 特に漫才シーンは圧巻である。「役者が漫才師を演じている」という事を完全に忘れてしまう程の出来栄えであった。 完全にベイブルースの魂が乗り移っていた。これは監督直々の厳しい特訓があったに違いない。 その時高山監督は「お前ら俺の精密機械になれ!」と言ったのであろうか・・・? もし言っていたとしたら、それは河本栄得の魂が連鎖している事を意味している。河本栄得が蘇ったのか! そして作品のエンドロールでその予感は的中するのであった・・・。是非劇場で確認してもらいたい。
 DVD発売中

 

ベイブルース~25歳と364日~[DVD]

波岡一喜 (出演), 趙珉和 (出演), 高山トモヒロ (監督)
映画「ベイブルース25歳と364日」公式サイトより引用

「科学と未来」第16号に掲載

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