大竹しのぶ

「父、 私 そして 子供達へ」

女優  大竹しのぶ

  教師をしていた私の父は、私が20才の時、65才でこの世を去った。
 自然を愛し、音楽を愛し、文学を愛した父が私は大好きだった。
 病気をしていたこともあって 当時は経済的にはかなり苦しい状況だったにもかかわらず父はいつも堂々としていて 豊かで、幸福そうであった。
 心の豊かさと貧困とは反比例するなどと言って母を困らせていた位だった。
 夏には蛍を見たり、かじかの声を聞きに 私を自転車の後ろに乗せて、夕食後のひと時を過ごし、雨上がりの武蔵野の山々を見たり、雪が降れば、「冬の花だねー」と言って 外に出ては二人で静かに降り続ける雪を見ていた。
 5人いる姉妹の中で私はその時だけ父を独占することができた。
 7人そろった食卓では、いろいろな話をしてくれた。
 文学のこと、音楽、映画のことはもちろん、戦争、諸外国との関係、政治、経済‥‥そして、人として大切なこと 私たちにわかりやすく、父の考えを 押しつけるというのでもなく話してくれた。
 私たち子供たちは、その食卓で いろいろなことを学んだのかもしれない。
 又、読書が好きだった父は、毎年自分の誕生日になると5人の子供たちに本を買ってきてくれた。
 私たちが父にプレゼントをあげるのではなく、父が私たちに本の贈り物をくれるという他では考えられない逆プレゼントだった。
 その本の表紙を開いたところに かならず 言葉を添えて満○才になった父よりと書かれてあった。
 最後に私がもらった本は 山本周五郎の“つゆのひぬま”だった。かなりだるい体で本屋さんに行って選んでくれた本だった。そこには若くして求めれば 老いて豊かなりと満65才になった父よりと記されていた。もう27年も前の話である。
 今は私も 大学生の息子と 中学校の娘を持つ母になった。
 父のように毎日たくさんの話をしてあげることはできないが 少なくとも 父や母から受けついだこと いつの間にか子供たちに話をしているような気がする。
 子供たちは学校でいろいろな問題をかかえて帰ってくる。
 ある日下の娘が、社会科の時間に 短編映画を観たけれど、途中で打ち切られた。その理由が、納得いかないと不満げな顔で帰ってきた。理由を聞くと、それは 20年以上前につくられた原爆投下直後の広島をアメリカ軍が撮影した貴重な映像をまとめたドキュメンタリーだった。タイトルは“にんげんをかえせ”
 偶然にもそれは私がナレーションを担当したものだった。
 “目をそらさないで下さい”の冒頭のナレーション部分を20年たった今でも思い出せる程私には衝撃的だった。20分程の短編だったと記憶している。10分程経った時、教師は いきなり映像を止め“この先は少し君たちには残酷すぎるか 見たいかな?“と聞いたという。子供たちは半数以上が“気もい”(気持ち悪い)からイヤだと言った。それで上映は中止されたという。
 私はびっくりして 学校へ出向いた。
  なぜ途中で やめたのか
  それならなぜ 見せたのか
  気持ち悪い、残酷だといって目
 をそらすことができる問題なのか
  事実をきちんと教えるのが教育
 ではないか?
 少し興奮気味で怒りを訴えた私に 先生も少しびっくりされたようだった。
 2,3日後に それは又、上映されることになったそうだが-
 人それぞれ考え方は違うし、思想も教育も家庭によって違うであろう。私も少し大人気なかったし 娘も 私は見たいので見せてくださいと その場ではっきり言えるようにしようという事を後になって 2人で反省した。
 世の中は日々変化している。それに対応しながらも、私たちが親から受けついだものを教えていかなければならないこともたくさんある。

 それにはやはり自分自身がきちんとした考えを持ち、善悪を判断できる知識を持ち、心を豊かにする知性を持っていたいと強く思う。
 この春 娘が2週間英語の勉強をしに海外へ出向いた。帰ってきた夜 私にしみじみと言った。
 “お母さん、私もっと勉強しようと思った。日本のことも、世界のことも 何も知らないことに気が付いた。英語で説明しようにも 何も知らない自分がいて はずかしかった。英語もがんばるけど、他の勉強もちゃんとやらなくっちゃって思ったよ”
 そんな娘をたのもしく思い 私自身も私の人生の喜びのために一日一日大切にまじめに生ききっていこうと決心した。
 すてきな夜だった。
 そしてその言葉をききながら、父がよく言っていたことばを思い出した。
“しのぶ、人生はね、死ぬまで勉強だよ”
 さあ、明日から 又頑張ろう。

 次代を担う若い世代のための夢と希望をかなえている<祐伸>のNPO法人の認証を心からお祝いし これからのご発展を期待してやみません。

大竹しのぶ OHTAKE SHINOBU

生年月日 1957年7月17日
身長   158cm

<舞台>
91 銀座セゾン「人形の家」(今野勉演出)
92 東宝「野田秀樹の真夏の夜の夢」(野田秀樹演出)
95 NODA・MAP「贋作・罪と罰」(野田秀樹演出)
96 銀座セゾン「セツアンの善人」(アレクサンドル・ダリエ演出)
97 ホリプロ「奇跡の人」(マイケル・ブルーム演出)
98 シス・カンパニー「エンドレス・ラブ」(謝珠栄演出)
 /tpt「ルル」(デビッド・ルヴォー演出)
99 Bunkamura「パンドラの鐘」(蜷川幸雄演出)
00 ホリプロ「奇跡の人」(鈴木裕美演出)
01 ホリプロ「マクベス」(蜷川幸雄演出)
02 シス・カンパニー「売り言葉」(野田秀樹作・演出)
  Bunkamura「欲望という名の電車」(蜷川幸雄演出)
  こまつ座「太鼓たたいて笛吹いて」(井上ひさし作・栗山民也演出)
  ホリプロ「マクベス」(蜷川幸雄演出)
03 「売り言葉」「欲望という名の電車」「太鼓たたいて笛吹いて」「マクベス」等の演技により、第37回紀伊國屋演劇賞個人賞受賞/第2回朝日舞台芸術賞受賞/第10回読売演劇大賞・最優秀女優及び、大賞受賞
  ホリプロ「奇跡の人」(鈴木裕美演出)
  Bunkamura「エレクトラ」(蜷川幸雄演出)
  シス・カンパニー「大竹しのぶ一人舞台 POP?」(鈴木勝秀演出)
04 こまつ座「太鼓たたいて笛吹いて」(井上ひさし作・栗山民也演出)

<テレビ>
75 NHK 朝の連続テレビ小説「水色の時」主演
96 NHK「存在の深き眠り」/TBS「Dearウーマン」
97 NHK「棘~おんなの遺言状」「おじさん改造講座」
99 NTV「小さな小さなあなたを産んで」/NHK「元禄繚乱」
  CX「セミダブル」「20世紀の遺伝子」(~’03.9月終了)
00 NHK 朝の連続テレビ小説「オードリー/CX「編集王」
01~TBS「中居正広の金曜日のスマたちへ」レギュラー
02 CX「実録・福田和子」
03~NHKハイビジョン「美しき日本百の風景」(ナレーション担当)
<映画>
75 東宝「青春の門~筑豊篇~」(浦山桐郎監督)
93 アルゴ「死んでもいい」(石井隆監督)
98 松竹「学校3」(山田洋次監督)
99 近代映画協会「生きたい」(新藤兼人監督)
  東映「鉄道員ぽっぽや」(降旗康男監督)
  ~「毎日映画コンクール」主演女優賞/
  日本アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞
  松竹「黒い家」(森田芳光監督)
  ~「毎日映画コンクール」主演女優賞/
  「ヨコハマ映画祭」主演女優賞受賞
00 日活「天国までの百マイル」(早川喜貴監督)/
  スタジオカジノ「式日」(庵野秀明監督)
01 東映「GO」(行定勲監督)
03 東宝「阿修羅のごとく」(森田芳光監督)
04 近代映画協会「ふくろう」(新藤兼人監督)
  -第25回モスク国際映画祭最優秀女優賞受賞-

<コンサート>
01 シス・カンパニー「BuBu」(謝珠栄演出) =’02 近鉄劇場にて再演=

<CD>
01 「Compassion」(東芝EMI)

<書籍>
03 「この人に会うと元気になれる」(集英社be文庫)

<CMナレーション>
98~01 TOYOTA「ヴィッツ」
00~ エーザイ製薬(CI)
03 ソニーWEGA「ベガエンジン」

「科学と未来」第5号に掲載

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